「カフェーの帰り道」を読み終えた。
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第174回直木賞受賞作。どうしても読みたい。
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*ネタバレします
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美登里は小さい頃から嘘つきだった。不始末を隠すために仕方なくつく嘘もあったが、だいたいは、どうでもいい戯言だった。貧しいが飢えるほどではない職工の家に生まれた美登里は、幼いときから、自分や自分を取り巻く世界が平凡であることを分かっていた。ぱっとしない真実よりも、作り話のほうが面白いと思っていた美登里にとって、嘘は遊びの一つだった。
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もし主人とばったり会ったりしたら、園子はどうやって誤魔化すつもりだろう。そもそも園子という名も嘘kらもしれない。通用口からふらふらと入ってくる園子を見て、奥様は「おや、クマ、お前どうしたんだい?」などと声を掛けてくるかもしれない。そうしたら園子、いやクマは、どうやってその場を取り繕うのだろう。
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徴兵検査の結果で、もっとも優秀なのが甲種だ。上の妹の夫は甲種合格ですぎ現役兵となったが、甲種は3人に1人もいないという。体格的に甲種に及ばない物は乙種となり、乙種はさらに一種と二種に分けられる。重度の近眼だったりすると丙種に分類されるらしいが、乙種の一種と二種がどう分けられているのか、近親に若い男がいないセイにはよくわからない。
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結局は文学を諦め西行を辞めてからも、高女卒というセイの学歴は、役に立たないどころか邪魔になった。会社は、中程度の学歴でとにかく若い女を欲しているのだ。そもそも女は正社員にも準社員にもなれない。短期雇用が前提で、妹がいた鉄鋼会社のように28歳定年の大企業も多いと聞く。
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「なんだよ、せっかく恰好つけて出てきたのに」
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自らの名前以外にひとつの漢字もなく、まるで子供が書いたような幼い文面である。タイ子が苦労して字を学んだことを豪一は知っているから、読みやすいよう平易な文章にしてくれたのだろう。
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どうして戦争をしているのか、タイ子にはよく分からない。わからなすぎて、不平不満は抱いていない。新聞に満州という文字を見つけたときだけ、字引きと首っ引きで必死に読む。もう何年も食糧も乏しいし、化粧するのさえ憚られて不自由ではあるが、そんなことはどうでもよかった。ただ豪一が帰ってくれればそれでいい。豪一さえ無事ならば、家が焼けようが日本が負けようがたいした問題ではないのだ。
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豪一は、果たして恋をしたことがあるのだろうか。どうか、そうであってほしいと思った。相手と心を通わせたときの胸の高鳴りを、偶然手と手が触れ合ったときの温もりを、どうか味わっていてほしい。真面目一辺倒ではあまりにも不憫ではないか。
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以上引用です
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関東大震災から2年後(1925)の「稲子のカフェー」から始まり、戦後のGHQ占領下の「幾子のおみやげ」まで5つの物語で構成されている。
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その間およそ20年。満州事変(1931)に日中戦争(1937)、国家総動員法(1938)、大東亜戦争(1941)と激動の時間軸を生きる市井の人々の人生模様だ。
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切なくもほっこり、そしてなんといっても逞しい。
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なぜなら日常に「生きるという実感」が組み込まれている時代だから。それはもう否応なしに。
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そうなると現代人の吐く「生きている実感が欲しい」は虚しく響く。
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女性の地位がまったく確立されておらず、眉を顰める場面にたくさん出くわす。そんな彼女らは100年後の今の日本を見てどう思うだろう。
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犬養毅の暗殺は予想できても、まさか女性が首相になるとは想像もつくまい。
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ストーリーが進むにつれて運命の糸が絡み合い、些細な行動がお互いの関係に大きな影響を及ぼしていく。
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自分の中では完全にカフェーの光景、闇市の匂い、タイ子、セイ、美登里の人物像がホログラムのように脳内生成されていた。
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それくらい文章が素晴らしく、滑らかな文脈にうっとり。
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もう一度書かかせてもらうけれど、この時代の人たちは逞しい。
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勇気をもらえる小説でした。
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