不実な美女か貞淑な醜女か

読書

「不実な美女か貞淑な醜女か」を読み終えた。
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「嘘つきアーニャの真っ赤な真実」で米原女史にハマる。
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嘘つきアーニャの真っ赤な真実
「嘘つきアーニャの真っ赤な真実」を読み終えた。..著者はロシア語通訳の第一人者で、エッセイスト。この人の本は初めて。ドキュメンタリー番組にもなったそうだ。..■..ソビエト学校は、9月1日に新学年度が始まり、5月31日に終わる。4学期制で秋と春に1週間ずつ、冬に2週間、そして夏は6月1日あら8月31日までの丸々3ヵ月休みとなった。いずれも宿題一切なし。..「大変は大変だったけど、苦労したのは学問の...

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「いいかね、通訳者というものは売春婦みたいなものなんだ。要る時はどうしても要る。下手でも、顔がまずくても、とにかく欲しい。必要なんだ。どんなに金を積んでも惜しくないと思えるほど必要とされる。ところが、用が済んだら、顔も見たくない、消えてほしい、金なんか払えるか、てな気持ちになるものなんだよ」(徳永晴美 米原さんの師匠)
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原文が立派で訳文がお粗末。原発者で実に賢明なことを言っているのに、訳を聞く限りスピーカーが馬鹿に見えるという風に、下僕が能無しのために両ご主人様にご迷惑をかけてしまうという危険は常につきまとうのだ。しかし、その逆の辛さもまた理解していただきたい。「鳶が鷹を生む」ことが許されない辛さである。原文がお粗末な内容ならば、訳文もまたそのお粗末さを余すところなく伝えねばならないし、原発言者がどんな馬鹿なこと、理不尽なこと、無理無体なこと、恥知らずなこと、無知蒙昧
丸出しのこと、はしたないことを言おうと、訳者はそれを修正する権利を持たない辛さである。
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おおよそ、通訳を介して発言する人は、比較的「偉い」人が多い。そのため、大多数の聞き手は「まさか、こんな馬鹿なことを、あの偉い人が言うはずがない。きっと、馬鹿な通訳が誤訳したに違いない」と思い込んでしまうものなのである。
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London has knocked some of corners off me. これを「ロンドンは私からいくつかの角を叩き落した」と訳しても意味が通じない。どうしても「ロンドンへ来たおかげで角が少し取れた」と訳す必要がある。第一の訳は翻訳ではなく、単なる原文理解であり、翻訳という作業は、この原文理解と、それを適切な日本語に表現し直すことという二つのまったく別な過程から成り立っているのである。従って、翻訳者は語学者として第一の過程をこなせるばかりか、文章家として練達した自国語を書き得る人でなければならない。
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例えば日本語は5母音しかないと述べたが、アラビア語はたった3母音しかないそうだ。アラビア語には「オ」と「エ」に相当する音がない。「オンチ 音痴」と発音されたものが「ウンチ うんち」と聞こえてしまうし、「ヘンショク 偏食」と言うつもりで「ヒンシュク 顰蹙」というふうに発音してしまう。この両者を言い分けることができないということなのだ。おそらく我々のような5母音しか持たない母国語の人間が14母音ある言語で表現しようとすると、似たような見当違いをしているに違いない。
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言葉を聞き取る能力というのは、聴力のみに頼って成り立つものではない。それは基本的には言葉を聞くという営みが、その意味を捉えることを最終目標にしているからだ。意味というものは、前後関係や、その場の状況、その時点での聞き手の知識、教養などが総動員されて把握されるものらしい。
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国連などの国際機関の会議では、発言者があらかじめ通訳者に配っておかなかった文章を猛スピードで読み上げたりすると、通訳者たちは一斉に席を蹴って出ていく。「発言者は現在文章を極めて速いスピードで読み上げておられますが、あらかじめ私ども通訳にその文章を手渡しておられません。私どもはかような条件のもとでは到底満足な通訳ができません。誤訳によってご迷惑をかけるよりも、通訳をしないことを選びます」てな捨て台詞を吐いていくらしい。
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ベテランの会議通訳者が、専門用語を一つでも多く覚えることよりも、その専門領域に関する本を少なくとも一冊読み切ることに注力するのは、そのほうが結局その領域全般を理解することに、ということは、用語を覚えることにも役立つからだ。第一、大人の脳味噌にとって、暗記は苦痛なのに対し理解のプロセスは極上の快楽だ。
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記憶の科学 しっかり覚えて上手に忘れるための18章
「記憶の科学 しっかり覚えて上手に忘れるための18章」を読み終えた。..著者は作家で、神経科学者のリサ・ジェノヴァ氏だ。.著書「アリスのままで」はジュリアン・ムーア主演で映画化もされたらしい。この人の本は初めてだった。..■..記憶には様々な種類がある。今この瞬間の記憶、物事のやり方の記憶、知識の記憶、起きたばかりの出来事の記憶、予定した行動の記憶などだ。そしてそのどれもが、脳内では明確に異なる方...

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こうして、皆さまは私の講演を聴きにいらしてくださっているけれど、耳から入る情報の記憶への定着率はわずか10%です。眼から入る情報の定着率のほうが高く30%。そして、自ら体験、経験したものの定着率は最も高く80%にも達します。ですから、講義を聴いたり、本を読んだりするのもさることながら、ご自身が直接試みることがぜひとも必要です。
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ロシア人の音楽家は「台湾でお宅にお邪魔した際には、いとこの方に大変お世話になりました」と書いた。このとりたてて何の変哲もない文章の日本語訳をファックスで中国語の翻訳者の送付すると、しばらくして向こうから電話がかかってきて「このいとこというのは母方ですか、父方ですか。男ですか、女ですか、本人よりも年上ですか、年下ですか」と尋ねてきた。これが分からないと翻訳不可能。中国語においては、そのいずれの場合も違う言葉をあてている。単なる「いとこ」という表現はないのだ。
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社長はせっかく相手の国へ来たのだからせめて一言くらい英語をしゃべってサービスしなくては、と思ったのか「ワン・プリーズ (one please)」と締めくくった。宴会終了後、英語ペラペラ部長は社長の傍らへ走り寄り「社長、最後のあれは何でしょうか」と尋ねると、社長は得意満面の様子で「うん、君、あれも分からんのか。ひとつ、よろしく、だよ」と答えたという。これは実話である。
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「風が吹けば桶屋が儲かる」というこじつけの因果関係を表す言い方は、ロシア語にもあって「肉を食うと風邪を引く」というそうだ。そのこじつけ論理の筋運びは「肉を食う → 精力がつく → 勃起する → 寝ている間に毛布が引っ張られる → 布が持ち上がった分 → 毛布で覆われていた足先が出てしまう → 足が冷える → 風をひく」となっている。
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日本語の大疑問 眠れなくなるほど面白い ことばの世界
「日本語の大疑問 眠れなくなるほど面白い ことばの世界」を読み終えた。..国立国語研究所に寄せられた日本語に関する様々な質問に、研究者や専門家が答えたものをまとめた本らしい。..■.. 実際のそういうタイプの人々がそのように話すわけでもないのに、キャラクターがそういう話し方をするとなぜか「そういうタイプ」の人のイメージを呼び起こすこと。..恋人や手をつないだ二人を描いた emoji を使いたい場合...

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私どもにとっての母語、つまり生まれてこのかた最初に身に付けたのは言語、心情を吐露しモノを考えるときに意識的無意識的に駆使する、支配的で基本的な言語というのは日本語である。第二言語すなわち最初に身に付けた言語の次に身に付ける言語、多くの場合外国語は、この第一言語よりも決して決してうまくはならない。単刀直入に申すならば、日本語が下手な人は外国語を身に付けられるけれども、その日本語の下手さ加減よりもさらに下手にしか身に付かない。
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「N・YさんとかM・KさんとかR・Aさんとかを見てごらん」と師匠は、ロシア人と日本人のハーフである人たちの名をあげた。二つの言葉を母乳とともに吸い込んできたはずの人たち。日本人のロシア語学習者、とりわけ通訳を目指すような人にとっては、よだれが出るような、一見羨ましい言語学習環境に育った人たちだ。しかし、実際には、日本語も、ロシア語も、そしていかなる他言語もまともに身に付いてはいない。もちろん日常生活に事欠くほどではないが、しかし、少し複雑な抽象的な話になるとお手上げなのである。
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幼児にはまず三つ子の魂(個性的基本)をつくるのが最重要である。これはなるべく私的な言語がよい。標準語より方言がよい。方言より母親の愛語がよい。ここで外国語が混入するのは最もまずいことと思われる。方言、標準語、外国語の三つ巴になって幼児の頭を混乱させるからである。家族づれで外国生活をしてきた家庭の子供にしばしば思考力の不安定なものが見受けられるのは、幼児の外国語教育がもし徹底的に行われると、どういうことになるかという警告と受け取るべきであろう(外山滋比古)
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お妾さんが、旦那をつなぎ止める最良の手段は、なるべくたくさん貢がせることだという。元を取ろうと、なかなか離れられなくなるらし。また、トルストイは「おおよそ面倒を見た側のほうが、面倒をかけた側より相手のことをいつまでも覚えているものだ」と言っている。要するに、人間にとって、何はともあれ最大の関心事は自分で、自分の時間、自分のエネルギーや努力、自分の資金を注いだ対象ほど愛着を覚えるものらしい。母国語についてもまったく同じことが言える。
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米原さんが今、最も危惧しているのは、日本における英語偏重の風潮である。「日本もアメリカ文化圏にある。それを絶対視しないために英語以外のもう一つの言語を学ぶべきだ」「アメリカの歴史的視点を無視した言葉の規制は成功しない。英語偏重は複願視を妨げる恐れがある」とあちこちで訴えている。
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以上引用です
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天才ロシア語同時通訳者の頭の中。
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「嘘つきアーニャの真っ赤な真実」で生い立ちは知っていたので、すーっと入ってきた。
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技術的なノウハウよりも、信念や失敗談が興味深い。
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通訳が翻訳と違うのは「消えもの」であり、一瞬一瞬が勝負。膨大な知識と周到な準備を武器に、たとえ不実な美女になろうとも要点が伝わらなければ意味がない。
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一方で、貞淑な醜女がよい場合もあり、そのためには翻訳家のような洗練された訳が必要になる。
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どちらも重要なスキルで、SNSとブログ(記録の残る媒体)の違いのようにも思えた。
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もうひとつは母国語の重要性。これを蔑ろに第2外国語が伸びることはないと。
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それは何よりもこのエッセイが証明している。
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最期に印象に残ったところを
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ある程度基礎を固めた母国語を豊かにし、磨きをかける最良の手段は、外国語学習なのではないだろうか。例えば通訳や翻訳という作業を通して、両方の言語間を往復する。外国語でこの概念が分からない。文脈から推し量ったり、あるいはチンプンカンプンで辞書を引く。対応する日本語が出てくる。結果的に日本語の語彙も外国語の語彙も増える。日本語を外国語にするときも、これは何だろう懸命に考える。日本人はこれをどういう意味で遣っているのだろうと辞典に当たり、それを移し換えるために外国語の辞典を引く。こうして語彙や文型の蓄えが往復運動の強制力によって飛躍的に拡大していく。結局、外国語を学ぶということは母国語を豊かにすることであり、母国語を学ぶということは外国語を豊かにすることなのである。
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「翻訳は女に似ている。忠実なときは糠みそくさく、美しいときには不実である」イタリア・ルネサンスの格言
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もし生きていたら「AI時代における翻訳のありかた」みたいのも読んでみたかったな。
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大変読み応えのある日本語でした。

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