「半導体戦争 世界最重要テクノロジーをめぐる国家間の攻防」を読み終えた。
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著者はFPRI(外交政策研究所)のユーラシア地域所長で、ニューヨークタイムズやウォールストリートジャーナルなどに寄稿している経済史家でもあるそうだ。
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原題は「CHIP WAR --- The fight for the world's most critical technology」で、この人の本は初めてだった。
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現在、アップルの最先端のプロセッサ、つまり間違いなく世界最先端といえる半導体は、たったひとつの企業のたったひとつの建物でしか作れない。TSMC(台湾積体電路製造)を超える精度でチップを製造できる会社は世界にひとつも存在しない。
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典型的なチップは、日本企業(ソフトバンク)が保有するイギリス拠点の企業「アーム」の設計図を使い、カリフォルニア州とイスラエルの技術者チームによって、アメリカ製の設計ソフトウェアを用いて設計される。完成した設計は、超高純度のシリコン・ウェハーや特殊なガスを日本から購入している台湾の工場へと送られる。その設計は、原子数個分の厚さしかない材料のエッチング、成膜、測定が可能な世界一精密な装置を用いて、シリコンへと刻み込まれる。こうした装置を生産しているのは主に5社で、1社がオランダ、1社が日本、3社がカリフォルニアの企業だ。その装置がなければ、先進的な半導体を製造することは基本的に不可能だ。
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世界の半導体のほとんどはアメリカの拠点を置くケイデンス、シノプシス、メンターの3社のいずれかのソフトウェアを使って設計されている。インテルが自社で製造する半導体を除いて最先端のロジック・チップはすべてサムスンとTSMCの2社だけで製造されており、両者とも安全保障を米軍に頼る国々に拠点がある。さらに、先進的なプロセッサの製造にはオランダのASMLという1社だけが独占的に生産しているEUVリソグラフィ装置が必要で、ASMLはというとその装置に不可欠な光源を供給するサンディエゴの子会社、サイマーに頼っている。
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AI時代においては、データこそが新たな石油だとよく言われる。しかし、私たちが直面している真の制約はデータではなく処理能力の不足にある。つまり半導体不足は供給の問題というより、主に需要の増加の問題である。
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ほかの大半の種類の技術と比べて、半導体技術は猛烈なスピードで進化していた。トランジスタのサイズとエネルギー消費は減少する一方、シリコンに詰め込める単位面積あたりの計算能力は2年ごとに2倍になった。半導体部門以上に、昨年の設計を盗むことがこれほど戦略として絶望的な分野はなかったといっていい。
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半導体設計を盗み出すという戦略は、その設計をソ連で量産できてこそ有効だった。それは冷戦初期の時代でさえ難しかったが、1980年代になると不可能になった。KGBはチップを盗み出すことによってソ連の半導体メーカーが驚異的な秘密を手にできると思っていたが、最新のチップを手にいれただけではソ連の技術者たちが同じものを生産できる保証などなかった。
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1980年代終盤、ユーリイ・オソキンがリガの半導体工場の職を解かれた。彼はKGBから数人の部下を解雇するよう要求されていた。ひとり目はチェコスロバキアの女性に手紙を送った人物で、ふたり目はKGBへの情報提供者として働くことを拒絶した人物、3人目はただのユダヤ人だ。オソキンがこうした「犯罪」で3人を処罰するのを断るとKGBは彼を追放し、妻までも解雇しようとした。半導体を設計するのは平時でさえ難しい。それをKGBと戦いながら行うことなど不可能だった。
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大手DRAMメーカ-の東芝では、1981年、工場に配属された中堅社員の舛岡富士雄が電源が切れらたあともデータを記憶し続けられる新種のメモリ・チップを開発した。ところが東芝が彼の発見を無視したためこの新種のメモリ・チップ(フラッシュメモリ NAND)を発売したのはインテルだった。
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[ラッダイト] 技術革新に反対する人々
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1999年に180㎚(ナノメートル)ノードが開拓されて以来、130nm、90nm、65nm、45nmと世代を経るたびにトランジスタが微細化され、同じ面積に約2倍のトランジスタを詰め込めるようになっていった。トランジスタが小さければ小さいほど内部を流れる電子の量が少なくて済むので電力消費が抑えられる。
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日本には「飛び抜けたエリートたち」擁するアメリカと比べて天才が少ない。しかし、アメリカには「標準的な知的水準に満たない」人々もまた長く尾を引いている。日本が量産を得意とするのはそのためだ。
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教養に乏しい従業員たちの手で先進的な産業を築くという考えだけでも愚かだったが、さらに愚かだったのは外国の技術や思想を締め出そうとする毛沢東の取り組みだった。アメリカの規制により、中国は先進的な半導体装置を購入できなかったが、彼はみずからの手で追加の禁輸措置を課した。
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中国の数少ない半導体技術者たちが畑を耕すあいだ、毛沢東主義者たちは同国の労働者たちに「全員で半導体を作るべし」と勧めたという。まるで、無産階級の中国人は自宅にいながら半導体を作れると言わんばかりに。
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「iPhoneはニッチ製品である」というオッテリーニの予測は恐ろしく的外れだったが、彼がその間違いに気付いたころにはもう後の祭りだった。オッテリーニとインテルがふと気付いたころにはアップルは莫大な利益を上げる城の周囲を深い掘で固めていた。
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NVIDIA のGPUがすばやく画像を描画できるのは、インテルのマイクロプロセッサやほかの汎用CPUとは違って、ピクセルの陰影処理のような単純計算を多数同時に実行するように構成されているからだ(並列処理)
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マイクロソフトの Windows OS はインテル製のチップとしか組み合わせられない。他国がそれなしではやっていけない製品を生産してこそ、より価値のあるビジネスを獲得できるのだ。
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自律型の無人機の大群から、サイバー空間や電磁波上の見えない闘いまで未来の戦争を特徴づけるのは間違いなく計算能力だ。
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「戦車の数、航空機の数、兵員の数で敵国やライバル国と張り合うつもりはない。今回、その力となるのはAIと自律性の分野における進歩だろう」ロバート・ワーク元国防副長官
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現在DARPAが描いているのは巨大な軍艦から小型のドローンにいたるまで「互いに通信や連携の可能な、戦場全体に分散したコンピューター群」である。
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「われわれの根本的な問題は、最大の顧客が最大の競合相手でもあるという点なのだ」
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[エスカレーション・ドミナンス] 敵の犠牲が大きくなる形で一方的に紛争をエスカレートさせる能力
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たとえば、開発と商業化に30年近くを要したASMLのEUVリソグラフィ装置の複製に必要なものを考えてみよう。EUVリソグラフィ装置は複数の部品で成り立っているので、それ自体作るのがきわめて難しい。EUVシステムのレーザーだけを複製するにしても45万7329個の部品を完璧に特定し、組み立てることが必要になる。たったひとつの欠陥が致命的な遅延や信頼性の問題を引き起こしかねない。どうりで、中国政府がASMLの生産工程を探るために一流のスパイを送り込むわけだ。
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「利益を上げ、上場することは二の次だ。むしろ、同社の目的は国産の半導体を開発し中国の夢を実現することにあるのだ」YMTCの経営幹部
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台湾は世界のメモリ・チップの11%、そして何より世界のロジック・チップの37%を製造している。コンピュータ、携帯電話、データセンター、その他の電子機器の大半はこうしたチップなしでは動作しないので台湾の工場が稼働を停止すれば翌年に生み出される計算能力は37%減少する。
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国防総省には10億ドルの潜水艦や100億ドルの空母専用の造船所があるが、使用される半導体の多くは台湾を主とした民間業者から購入している。最先端の半導体を設計するだけでもコストは1億ドルを超えることもあり、国防総省にとっては手に余る状態になりつつある。最先端のロジックチップの製造工場を建設するには空母の2倍かかるが、そこまでしても数年で時代遅れになってしまうのだ。
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国際政治の形、世界経済の構造、軍事力のバランスを決定づけ、私たちの暮らす世界を特徴づけてきた立役者は半導体なのだ。
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以上引用です
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感想は・・・読むしかない。
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めちゃくちゃ面白かった。
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半導体産業の壮大な歴史や栄枯盛衰がつぶさに説明されている。
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序章の「はじめに」でぐっと惹きつけられてそのまま最後まで興奮しながら読み耽った。70年以上前に発明された小さなチップが、今や国家のパワーバランスに影響を与えているというお話だ。
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とんでもなく競争が激しい市場だ。
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ムーアの法則よろしく、莫大な投資をした最新のテクノロジーもわずか数年後には時代遅れになる。加えて技術的なことだけでなく、市場も
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汎用型PC → 個人向けPC → スマートフォン → クラウド → AI
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と目まぐるしく変化する。つまるところ、「パラノイアだけが生き残る」にもあったように、重大な潮目を捉えられない企業は死を意味すると。
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ちなみに個人向けPCへと舵を切り損ねたのが巨人IBMで、スマートフォン向けに出遅れたのがインテルだ。プラットフォームでいうならヤフーもそうだろう。
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ちょうど先日、半導体産業のドキュメンタリー番組を見ていた。
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日本はIBMと組んで熊本県に新会社「ラピダス」を設立した。しかしながら、その工場で製造できるのは4ナノメートルのチップで、最新のTSMCの2ナノメートルには届かないという内容だった。
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日本は1980年代に日立、東芝、NECといった企業が世界の半導体産業をリードしていたんだよね。
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その後シェアを奪われて、いわゆる「日の丸半導体」のエルピーダメモリ(後にマイクロンに買収される)やルネサステクノロジーも生まれた。
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個人的には日本勢にがんばってほしい。
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自分は日本人なので、国産半導体で世界一を取ってほしい。でも現在の半導体は、グローバル化と需要の高まりで単独ではとても製造できない代物になってしまった。
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一方で半導体製造のエコシステムの中で、日本企業にしか作れない物もある。最新のチップは難しくても、せめてサプライチェーンの要衝、上流に君臨していて欲しいな。
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特に50章の「福建省普華集積回路」からラストの「台湾のジレンマ」までは大変読み応えがあった。
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台湾は、半導体の総本山だからこそ守られるのか?それとも奪われるのか?のシナリオがとても興味深い。
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戦争の利点をあえて一つ挙げるなら、とてつもないイノベーションを加速させることだろうか。インターネットしかり半導体しかり、ブレイクスルーの要のひとつは国家の安全保障だと思う。
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あと本書にも多数引用されている、アンディ・グローブの「パラノイアだけが生き残る」はとても面白いです。
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同じく引用されているクリステンセンの「イノベーションのジレンマ 」や「ジョブ理論」あたりを読んでおくと、より一層楽しめると思います。
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最後に
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世界にはよりバランスの取れたサプライチェーンが必要だ。石油の埋蔵場所は神が決めた。だが、工場の建設場所はわれわれ自身で決められる。アップルから、ファーウェイ、TSMCまで台湾海峡の両側に投資を行なってきた企業は、暗黙のうちに平和が続くことに賭けているといっていい。
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面白い!
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