「嘘つきアーニャの真っ赤な真実」を読み終えた。
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著者はロシア語通訳の第一人者で、エッセイスト。この人の本は初めて。ドキュメンタリー番組にもなったそうだ。
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ソビエト学校は、9月1日に新学年度が始まり、5月31日に終わる。4学期制で秋と春に1週間ずつ、冬に2週間、そして夏は6月1日あら8月31日までの丸々3ヵ月休みとなった。いずれも宿題一切なし。
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「大変は大変だったけど、苦労したのは学問のほう。経済的にはそんなに困らなかった。だって授業料は無料のままだもの。こちらに来て分かったけれど医学部の授業料は目が飛び出るほど高くて、これじゃ金持ちしか行けないわ。私みたいなたいして頭のよくない貧乏人があれだけ本格的な授業を受けられたのは、社会主義体制のおかげかもしれない。生活費だって安かったし。気分的にもとても楽だった」
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社会主義体制に対する反逆者の娘が、社会主義体制の恩恵を受けるのはおかしい。受けるのなら自分の父親を批判してからにするべきだ。
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労働者農民の解放を説いたレーニン自身が、実は生涯に一度も自らの労働で自分の生活を支えるという生活者の経験を持たなかったことや、地主として小作人からの小作料を当てにして生きていた事実を確認できたのは、ごく最近である。それを、すでにわずか10歳そこらで見抜いたリッツァのシビアなリアリズムに今更ながら感服する。
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ソ連人の同級生が誰一人返事をよこさなかった事情については、ずっと後になってから知った。ソ連邦が崩壊した後に、再開できたソ連人の同窓生が、実は資本主義圏の人間とは痕跡が残るような交際をしてはならないと親や周囲から厳しく牽制されていたのだと教えてくれた。
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戦前、共産党が非合法だった時代に、万人の平等という共産主義の理想に燃えて、父は高額納税者で貴族院議員となった祖父の家を出て地下に潜った。それは16年間の長きにわたった。日本の敗戦で非合法が解かれ、再び実家との交流が可能になって以降も、父は物欲とは無縁に生きていた。私の心に出来上がった共産主義者像の原型は父だったから、共産主義者を名乗るアーニャの両親との相違に頭が混乱した。
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圧政と不公正に抗して貧民たちを結集して権力を打倒した反乱者たちが、権力の座についたとたんに、以前の権力者と寸分違わぬことを繰り返す。だから、いくら反乱があっても、なかなか社会の仕組みそのものは変わらないのであった。
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シャンゼリゼ通りの突き当たりには「人民宮殿」と名付けられた馬鹿でかい建物があった。パノラマ写真で撮影しても、左右が収まらないほど巨大ま建造物で、これがチャウシェスク一家の住まいだった。毎夜のように催された宴会でこの大ホールの照明が点灯されると、ブカレスト市の半分は停電になったという。
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「普通のルーマニアの子供たちが通ってくる学校で、僕は、生まれて初めて、自分の家とその子たちの家とのあまりの生活水準の違いにショックを受けた。自分と自分の家族の特権が恥ずかしくて仕方なかった。普通の学校に通って、大学に通ってからは、家を出て寮に入った。それからは家に帰っていない。恥ずかしいからね、あんな豪勢なマンションに住むのは」
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「僕自身には大金は必要ない。だいたい富の偏在がどれほど人々を不幸にするかってことをさんざん見てきたからね。皮肉にも、社会主義を名乗っていたこの国で」
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「西側に来て、ああこれだけはロシアのほうが優れていると切実に思ったことがあるの。それはね、才能に対する考え方の違い。西側では才能は個人の持ち物なのよ、ロシアでは皆の宝なのに。だからこちらでは才能ある者を妬み引きずり下ろそうとする人が多すぎる。ロシアでは、才能がある者は無条件に愛されみなが支えてくれるのに」
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私がヤースナに近づきたかったのは、世界の共産主義運動の中で、左派に位置すると見られる日本共産党員の娘である私が、最右翼に位置すると思われているユーゴスラビア共産主義者同盟員の彼女と仲良くなることで、論争と人間関係は別なのだということを、なんとしても自分と周囲に示したかった。ヤースナにその意志があったかどうかは分からないが、私には明確にそういう思いがあった。
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ポーランド、チェコ、ハンガリー、ルーマニアの人々が「東欧」と言われるのを嫌うのは、後発の貧しい敗者というイメージが付きまとうのが嫌で仕方ないのだろう。「西」に対する一方的憧れと劣等感の裏返しとしての自分より「東」、さらには自己の中の「東性」に対する蔑視と嫌悪感。これは明治以降脱亜入欧を目指した日本人のメンタリティにも通じる。
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抽象的な人類の一員なんて、この世に一人も存在しないのよ。誰もが、地球上の具体的な場所で、具体的な時間に、何らかの民族に属する親たちから生まれ、具体的な文化や気候条件のもとで、何らかの言語を母語として育つ。それから完全に自由になることは不可能よ。そんな人、紙っぺらみたいにペラペラで面白くもない。
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以上引用です
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三篇で構成されたお話が、地続きで繋がっていく。
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歴史の教科書には載らない、ソ連学校での市井の暮らしが大変興味深かった。1960年代の共産圏での貴重なルポルタージュみたいな。
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秀逸な文章と相まって一気に読んだ。
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ブルジョアを忌み嫌い、祖父と袂を分かった日本共産党の大物である父と東欧に渡る。この時点で平凡な人生は送れそうにない。強烈な運命だ。
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彼女が通っていた在プラハ・ソ連学校には世界中の共産党幹部が集まっていたんだよね。まだソ連が強かった時代。
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政治体制だけでなく、民族、宗教が複雑に絡みあい、思想だけでは生きていけないことに気付く。そのリアリズムが猛烈に伝わってくる。
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つまるところ、理想と現実のギャップだ。
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アーニャとヤースナの生き様の違いよ。
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「嘘つきアーニャの真っ赤な真実」は辛(から)い終わり方になった。
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驚きなのは、彼女自身この環境下で極端に左傾化することもなく、冷静に「界隈」を俯瞰できているところ。
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多様な人物に触れる機会に恵まれたこと、そしてまだ10代だったからかもしれない。家族との衝突はなかったのかな。
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結果、東側の体制は敗れてしまったけれど、資本主義が至高だとも思わない。どちらの体制も腐敗するわけで。
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ただ共産主義のブルジョアほど醜いものはない。それこそ真っ赤な嘘。
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いずれ内ゲバが起こり内部から崩壊する。
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最期に印象に残ったところを
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異国、異文化、異邦人に接したとき、人は自己を自己たらしめ、他者と隔てるすべてのものを確認しようと躍起になる。自分に連なる祖先、文化を育んだ自然条件、その他諸々のものに突然親近感を抱く。これは、食欲や性欲に並ぶような、一種の自己保全本能、自己肯定本能のようなものではないだろうか。
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読むしかないっす。
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