「カウンセリングとは何か」を読み終えた。
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本屋でぷらっとな。著者は臨床心理士で公認心理士。専門は精神分析と医療人類学らしい。面白そうだったので購入。
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心を「分かる」とは一体何か。大きくふたつに分かれます。ひとつは「心の置かれている全体状況」をわかることです。つまり、心単体を知ろうとするのではなく、環境や身体の状況を分かること、そして心が辿ってきた歴史的経緯と未来の展望をわかることです。もうひとつは「心の動き方」です。ユーザーの心がどのような動き方をしやすいのか、いわば心のメカニズムを知ることがアセスメントでは指摘されます。
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すぐにでも問題解決に動かねばならないときに、じっくりと自分に向き合おうとするならば、カウンセリングはネグレクトになりますし、社会の問題を心の問題として解決しようとすると悪しき自己責任論となり、個人は圧し潰されてしまいます。
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[躁的防衛] 苦しい気分になるときぬに、ゲームや過食でテンションを上げること
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[ラポール rapport] カウンセラーとユーザーの間で結ばれる信頼関係のこと。ちなみに発音はラポワー↑
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生活を守ることで、人生が死んでしまうことがある。そう、生き延びるために、心の一部を殺さざるを得ないことがある。すると、自分の一部は死んだまま生活が営まれることになる。そういうとき生活は回っているけれど、人生は行き詰ってしまいます。生きているけれど死んでいる。そこには極めて不自由にしか生きられない心がある。だから臨床医として思う。これは「贅沢な悩み」なんかではなく「切実な苦しみ」のはずだ、と。
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ちゃんと生きるとは、ときどき死んで、その都度新しく生まれかわることです。僕らの人生には節目節目で「死と再生」が挟み込まれています。
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これはすべての人間関係に備わる普遍的な苦しみです。大事な人でもあるが結局他人でもあること。親友にせよ、パートナーにせよ、家族にせよ、繋がっているようで切れているところも必ずある。だから、孤立と自立の感覚が必ず存在していて僕らを日々複雑な気持ちにさせます。終わりは孤独をもたらすし、自立ももたらす。
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依存先が増えるのが自立の条件です。
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古い物語を終わらせること。古い自分を喪失すること。小さく死ぬこと。これが心にとって一番難しいことです。古い物語は心にこびりついていて、何度も何度も反復し続けます。転移がまさにそれです。人生の古い脚本に僕らは執着する。そこにかつての恐れがあり、そしてかつて渇望し諦めきれない何かがあるからでしょう。
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以上引用です
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幸か不幸か、今まで心療内科や精神的なカウンセリングを受けたことがない。実際のカウンセリングの様子が非常に興味深かった。
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どうして心は変わるのか?
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抽象的で捉えどころのないメカニズムを、具体的なナラティブに落とし込んで分かりやすく教えてくれる。
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具体的にはインテーク面接のカウンセリング(導入)から始まり、作戦会議としてのカウンセリング、冒険としてのカウンセリングへ移行する。
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マズローのピラミッドで例えるなら「空腹を満たしたい(生理的欲求)」「安全な場所に住みたい(安全欲求)」の2階部分までが作戦会議。
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それより上の階にあたる「家族・友人と親しくありたい(親和欲求)」「仲間に自分の実力を認められたい(承認欲求)」「成長動機」が冒険としてのカウンセリングになるだろうか。
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自己 - 心 - 世界モデル
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というものがあり、この3つのバランスが崩れるとき心に支障をきたす。患者の症状を適切に評価し、必要に応じてそれぞれの部分に介入する。
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人の心は複雑怪奇で、ただ話を聞いて肯定的な甘い言葉を囁くだけでは変わらない。そして、アルゴリズムが導くようなパナシアも存在しない。
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この辺のアプローチが素人とプロの決定的な違いだと思う。
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確かにAIが紡ぐ耳障りのよい言葉は心地いい。でもそれは、永遠に変われない檻に閉じ込められるということでもある。そもそもAIは本音で語るようには設計されていない(現在でも訴訟だらけ)
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同時に人の力を痛感する。
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もちろん「友達や家族に話を聞いてもらってラクになった」みたいなレベルならそれでよし。
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「心のホワイトハッカー」のような感じもする。その気になればマインドコントロールや洗脳も容易にできるだろうから。
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ちなみに、カウンセラーと患者の関係は短くて数か月、長ければ10年単位の付き合いになるそうだ。
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とてもとても大変な仕事だと思う。自分なら精神的に参ってしまう。
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最後に印象に残ったところを。
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カウンセリングの中核にあるのはアセスメントである。心を変化させるのは、聞く技術でもなければ魔法のような介入法でもない。もちろんカウンセラーの優しさでもない。心が変化するための土台になるのは理解です。聞く技術は理解するために存在しているし、理解があるからどこにどのように介入するといいのかが導き出される。優しさだって、理解があるときにのみ自然発生するものです。「大丈夫ですよ」という一言は理解があるときには温かい響きをもちますが、理解がないときには冷たく白々しい言葉になるものです。
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「精神分析は、セックスしないと決めた二人が、たがいに何を話すことが可能なのかを問うものである」
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知らない世界を、ちょこっと覗かせてもらいました。
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