「なんでもないような事が幸せだったと思う2.0」の続きです。
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なんでもないような事が幸せだったと思う2.0
親の葬儀が終わった。
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葬儀が終わった後にブログのコメントを見て泣いた。
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涙が止まらなかった。
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たった数文字の言葉がどれだけ人の気持ちを鼓舞して、たった数文字の言葉でどれだけ救われることか。
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文字の力は強いのだ。優しい言葉をくれたみなさん本当にありがとうございました。そして物言わぬ多数派、いわゆるサイレントマジョリティーの方もありが...
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少し父親の事を書きたいと思う。
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うちの父親は一つの会社で40年ほど働いて60才で定年退職した。それ以降は一度も雇用されていない。
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世代的には団塊の世代の少し前くらいで綺麗な人口ピラミッド、つまるところ人口ボーナスのはじまりだ。
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世界でも稀有な日本の高度経済成長期で、誰もが終身雇用と年功序列が約束されて幸せになれるチケットを手にできたゴールデンエイジだ。
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盤石な土台の上で結婚して兄と自分が生まれ、孫にも恵まれる。
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そして多少の紆余曲折があろうとも最後は家族に看取られる。自分の孫は見せることが出来なかったけれど幸せな人生だったんじゃないかな、いやそうであって欲しいと思う(コロナ過で実際は孫でも面会できない)
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性格は口数が少なくて、言葉ではなく背中で見せる昔ながらのタイプだった。褒められた記憶もあまり無いが怒られた記憶はまるでない。
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畑仕事や釣りが好きでよく早朝から出かけていた。本は全く読まない人だったけどね(笑)そういうキャラクターを、自分も二重螺旋を通して半分ほど引き継いでいるんだろうな。
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こんなご時世もあって小さな葬儀だったが、父と日頃から親しい町内会や近所の人、元会社の人、友人たちが足を運んでくれていた。
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改めて親の大きさを痛感するよ。
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あ、誰も顔を見た事がない色気の漂う女性はいなかった(笑)
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コメント
改めて、お父様のご冥福をお祈りしたいと思います。
以前に自分さんが書かれていたお父さんとのやり取りのエントリーなど、読んでいるとなんだか光景が目に浮かぶような気がしましたし、今回の記事も読んでいるとどんな方だったのか、お父さんの後ろ姿が感じられるような気がしました。
幸せな人生だったんじゃないかなと家族に思ってもらえるって、きっと嬉しいんじゃないかなあ。。。
父が現役のときは仕事に忙しくそんなに会話がありませんでした。定年退職後は時間に余裕ができて少しずつコミュニケーションが取れるようになりました。
晩年は病院に一緒に付き添ったり、食事をしてたくさん話もできたかなと思っています。
それでもどれだけそんな時間を過ごしても「もっと会ってやさしい言葉をかけてあげたかったな」と思うものですね。
なんか、とんちんかんな返信になりましたw
がぶさん、いつもありがとうございます。