「ともぐい」を読み終わった。
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著者は河﨑秋子さんで、この人の小説は初めてだった。
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*ネタバレします。知りたくない方は閉じて下さい
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熊爪には畜産というのものが分からない。犬のように役立たせるものだ、とは思うが、産まれさせ、こき使い、さらに子を産ませてそれを肉にする、という道理が分からない。その馬を駆り、偉そうにしている人間の考えも理解できない。
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「人間が獲ったくらいで、そんなに簡単に減るような数じゃありませんよ、あれは。何年後だって何十年後だって、あの魚畜生は減りゃしません」太陽は東から昇って西に沈むものだ、と言わんばかりに八郎は胸を反らした。
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犬は悲鳴を上げただけでなく、痛みから主人を睨みつけさえした。痛みをもたらすものにまだ怒りを向けられるなら、生かす意味はある。
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「見なくても、生きていけるもの。だから見ないままの方が楽なの」
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人間は自分一人がいい。理解できないもの。面倒くさいもの。ああ、遠ざけてえ、と思う。肉と毛皮と必要な内臓を取った後の骨や残滓を小屋から遠く離れた場所に投げ捨てるように、なかったことにできたなら。
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「阿呆だ」俺は。自分の望む通りに生きているというのに、かつて得られなかったものを両手に抱えながら、何を取り零した気になっているのか。面倒くさい。このまま死んでしまえば何も汚すことなく綺麗なまま終わっちまえるというのに。
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以上引用です
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帯に「熊文学」とあり、とっつきにくいかなーと思っていたけれど、最初からぐいぐい引き込まれてあれよあれよと最後まで読み耽った。
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終始圧巻だった。
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舞台は明治後期の北海道。文章から推測するに、東部の白糠(現白糠町)の近くの山あいだろうか。東に行くと釧路の町があるとも。
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時代はロシア戦争の直前なのでおそらく1904年頃だろう。巻末のプロフィールをみると北海道別海町生まれらしいので、著者ならではのストーリーかもしれない。
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物語に調和した非常用漢字が頻出するので、電子辞書かスマホをお供に読み進めていくのがいいだろう。たぶん意味が取れないと思う。
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山奥に捨てられた天涯孤独なマタギ、幼少期の虐待で片目を失った女、その女を養い一見優しそうに映るけれども道を踏み外す男主人。
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三者三様、食物連鎖のように互いに支えながら均衡がとれているうちは幸せだったんだよね。
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そんな束の間の平穏も、宿敵赤毛との戦いの後から一気に反転する。個人的にはそこからの熊爪と陽子、良輔の生き様が前半よりも興奮した。
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つまるところ、じりじりとした死生観だ。
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そこが大変読み応えがある。生に対するどろどろとした執着の向こう側を見せてくれると思うよ。
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一世紀以上前の常識や道徳を持ってすれば、ごくごく当たり前の風景だったのかもしれない。それは分からない。
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しかしながら、うまく折り合いを付けられる器用さをもう少し持ち合わせていれば別の人生もあったんじゃないかな。実際、熊爪は人に出会い、会話を交わすことで生き方が変わってきたわけで。
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ともぐいと言うのは、自然と、動物と、そして人畜生との戦いでもあるんだろう。自分はそういう印象を受けた。
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あとね、熊もそうだけれど犬も賢いよね。屍姦のシーンも驚愕だった。
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ちなみに「科学で解き明かす 禁断の世界」によるとペンギン、マガモ、カエル、トカゲ、ラッコ、霊長類がリストに入っているようだ。
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久しぶりに続きが気になってしょうがない小説を読んだ。
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やっぱり直木賞受賞は伊達じゃない。素晴らしかったです。
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