「砂の女」を読み終えた。
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あらすじを読んで面白そうだったので購入。
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著者は東京大学医学部卒で芥川賞受賞者でもある安部公房さんだ。恥ずかしながら、読むのが初めてどころか名前すら知らなかった。
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寝苦しかった。女の気配に耳をそばだてながら、あんなふうに大見得をきってみせたりしたのも、けっきょくは女をしばりつけていたものへの嫉妬であり、女が仕事をほうりだして、寝床へしのんで来てくれることへの催促ではなかったかと、多少疚しい気持ちがしないでもない。
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裸の女を平手でうてば、なるほど悪い気持ちはしないかもしれない。しかし、それはまるで、相手のつくった筋書きどおりに動いてしまうものではないか。相手もそれを待ちうけているのだ。罰とは、とりもなおさず、罪のつぐないを認めてやることにほかならないのだから。
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希望は他人に語るものであっても、自分で夢見るものではない。彼等は、自分をぼろ屑のようだと感じ、孤独な自虐趣味に陥るか、さもなければ、他人の無軌道を告発しつづける、疑い深い有徳の土になり果てる。勝手な行動に憧れるあまりに、勝手な行動を憎まずにはいられなくなるのだ。
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欠けて困るものなど、何一つありはしない。幻の煉瓦を隙間だらけに積み上げた、幻の塔だ。もっとも、欠けて困るようなものばかりだったら、現実はうっかり手も触れられないあぶなっかしいガラス細工になってしまう・・・要するに、日常とはそんなものなのだ・・・だから誰もが、無意味を承知でわが家にコンパスの中心を据えるのである。
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これは、日常の灰色に、皮膚の色まで灰色になりかけた連中をじらせてやるには、この上もない有効な手口である。灰色の種族には、自分以外の人間が、赤だろう、青だろうと、緑だろうと、灰色以外の色を持っていると想像しただけで、もういたたまれない自己嫌悪におちいってしまうものなのだ。
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女は答えない。答える必要がないほど、分かりきったことだったのだろう。逃げられなかったから逃げなかった・・・おそらくそれだけのことなのだ。
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欲望を満たしたものは、彼ではなくて、まるで彼の肉体を借りた別のようなものでさえある。性はもともと、個々の肉体にではなく、種の管轄に属しているのかもしれない・・・役目を終えた個体は、さっさとまた元の席へと戻っていかなければならないのだ。
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いざ仕事にかかってみると、なぜか思ったほどの抵抗は感じられないのだ。この変化の原因は、いったい何だったんだろう?たしかに労働には、行先の当て無しにでも、なお逃げ去っていく時間を耐えさせる、人間のよりどころのようなものがあるようだ。
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「労働を超える道は、労働を通じて以外にはありません。労働自体に価値があるのではなく、労働によって、労働を乗り越える・・・その自己否定のエネルギーこそ真の労働の価値なのです」
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「納得がいかなかったんだ・・・まあ、いずれ人生なんて納得ずくで行くものじゃないだろうが・・しかし、あの生活やこの生活があって、向こうのはちょっぴりましに見えたりする・・・このまま暮らしていって、いったいどうなるんだと思うのが、一番たまらないんだな・・・どの生活だろうと、そんなこと分かりっこないと決まっているんだけどね・・まあ、少しでも、気をまぎらせてくれるものの多い方が、なんとなくいいような気がしてしまうんだ・・」
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いまなら、はっきり理解できる。孤独とは、幻を求めて満たされない、渇きのことなのである。
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以上引用です
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感想は・・・見事に刺さった。
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刺さりすぎてズタズタになった(笑)
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全編通してこれだけ人の想像力を掻き立てる小説にはなかなか出会えないかなと。
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読書中の血流を fMRI で調べたら、きっとソレに当たる部位が赤々としているだろう。逆に、最大限に想像力を働かせないと味わえないとも思う。
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終始、文章に隙が無く、比喩や隠喩が使われていない箇所を見つけるほうが難しいくらいだ。セックスシーンなんかたまげると思う。
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読後はおそらく、大半の何らかの物書き、小説家志望の人にとっては「憧れ」よりも「諦め」に近い感情になるんじゃないかな。
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おしなべて、圧巻だった。
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かなり昔の本なので、現在ではあまり使われない古めかしい言葉が出てくる。電子辞書で調べながらじっくりと読んでいった。
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「はしごがない!」という場面からは最後まで読み耽った。
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個人的には、他人からは満足に見えるであろう日常の息苦しさやレーゾンデートル、自由と体制に対する葛藤のようなものを感じた。
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自由があるからこそ不自由を求めて、罰があるからこそ罪を犯すのかもしれないね。
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つまるところ、求めすぎると遠ざかると。
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そんな、ささくれた人間の本性を剥き出しでほじくり返してくれる。痺れるわ。
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あと、もう一つ感じたのは、結局人間はどんな環境にも適用する「慣れ」の動物だなと。奴隷は奴隷になってしばらくたつと自らの拘束具を自慢し合うというからね。
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この本「ブルシット・ジョブ クソどうでもいい仕事の理論」から
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最悪の拷問とは誰の目にも意味のない作業をいつ果てるともなく強制することである。例えば、水を一つの桶から他の桶へ移しまたそれを元に戻すとか、砂を搗くとか、土の山を一つの場所から他の場所へ移し、またそれを元へ戻すとかいう作業だ。
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最後は自殺するのか、それとも自ら好んで残るのかなーと予想していた。ラストはぜひ読んでみてほしい。
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主人公の仁木順平が、読み進めて行くにつれてだんだんと「罪と罰」のラスコーリニコフに見えてくるのは自分だけではないはず、畜生め!(笑)
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読み終わった後は、しばらく腑抜けになると思う。
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出会えてよかった小説だ。読むしかない!
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