「対馬の海に沈む」を読み終えた。
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ノンフィクション好きなので購入。
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巻末によると著者はJAグループの日本農業新聞に就職。その経験から農協に関する著作が多いようだ。この人の本は初めてだった。
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JA共済連の総資産は57兆6870億円で、これは国家予算の半分ほど。保有契約高は224兆3,355億円で世界指折りの規模。新契約高は13兆2383億円で日本でトップクラス。なお、子会社を作らずとも生命・損害の両方の保険・共済を扱えるのはJAだけの特例となっていることから、JAは業界最大の組織と言える。今のJAグループの実態を概観すると「農業の専門集団」というよりは「金融屋」としての色が非常に濃くなっている。
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歩合給がすさまじかった。2007年度から2019年度までに限ると、最も多かった2017年度の歩合給は3285万3646円に達した。基本給や賞与、手当と合わせれば年収は4,000万近くに上る。
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地域で大きな自然災害があった場合、顧客に無断で契約した家屋が無傷だったとしても、西山は被害に遭ったように見せかけて共済金をせしめていた。そのために悪用されたのは、まったく無関係の家屋が被害に遭ったときの写真だった。その写真を別の家屋が被害に遭ったように見せかけるために流用してきたのだ。西山が共済金の請求に使用したフォルダを復元したところ、罹災した個所を撮影した写真が約3万9,000枚見つかった。さらに、同一の写真を何年にもわたり複数の請求書に使いまわしていることが判明した。
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各地のJAが職員に課している営業のノルマは、共済の商品だけにとどまらない。次のような項目がある。信用事業では、年金口座の開設や貯金の獲得、投資信託の販売など。経済事業では、ジュースや茶、JA全農が扱う通年のカタログギフト「旬鮮倶楽部」の販売など。さらにJAグループが発行する新聞と雑誌にもノルマがある。
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組織を存続させるために生み出されたノルマは、いつひか非人間的な装置と化して、JA役職員を隷属させた。組織はいつしか体内を蝕まれ知らぬ間に骨抜きにされたのである。
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「ほかの職員を言いなりにさせられるからですよ。実績を無償であげてしまうことで、職場で自分が不正をしやすい環境をだんだんと作っていった。そうして誰もが西山に口を出せなくなっとき彼は神様みたいな存在になったんです」
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農林中央金庫には、西山が借名口座や借用口座を作った点において大いに責任がある。特に職員が名義人から通帳や印鑑を預かる借用口座に関しては、ほかのJAでも横行しているがいまだに解決していない。
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通常、生命共済を契約するに当たっては医師の診断書が必要になる。ただし、医療従事者が皆無だったり乏しかったりする地域では医師による診断を受けることが難しい。そうした地域の組合員にも生命共済に入ってもらえるよう、JA共済連は「面接士制度」を用意していた。これは医師の代わりに面接士が入院歴や持病の有無などについて聞き取りをした「面接士報告書」を、生命共済の契約に本来必要な医師の診断書に代えるというものである。
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JAでは縁故採用が基本である。職員や組合員の子弟をはじめ、彼らの学校の後輩や近所の顔なじみといった人たちが就職してくる。とりわけ小世帯のJAであればあるほど採用する地域が限定され、それまでに付き合いがあった人ばかりが集まりやすい。
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「基本的にお客さんは儲けさせてもらっているから文句を言ってこない。もちろん不正は不正。それなのに発覚しなかったのは、双方に利益があって納得しているから」
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損害の総額は22億円超に達したとされている。JA対馬の関係者によると、このうち金の使途や在り処が把握できているのは10億円程度に過ぎない。その理由は、主に西山が共済絡みの金を現金で引き出しているため、契約者に渡ったかどうかが定かでないからである。
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以上引用です
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長崎県対馬市で起きたJA職員による不祥事を暴いたノンフィクション。緻密な取材と文章で食い入るように読んだ。
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「長い物に巻かれまくった末路」と片付けるのは簡単かもしれない。
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しかしながら背景には職員である西山個人の問題だけではなく、JA対馬、JA長崎共済連、ひいてはJA全中とシステマティックな問題がある。フォルダの階層が上がるにつれ真実が見えなくなるのは闇バイトと同じだ。
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外部の空気が入りにくい閉鎖的な環境(サイロエフェクト)と、強すぎる同調性が重なってモンスターを生み出してしまったのかな。
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そしていつの間にか、コミュニティ全体までもが PNR(Point of no return)を越えてしまったと。
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西山は確かに地球温暖化を最大限利用してカネを引っ張る鼻もちならない悪党だ。一方で仕事熱心でJA対馬には忠誠を誓っていた。
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罪と罰をすべて受け入れ、JAを大炎上させる選択肢もあったと思う。そうすれば自殺(事故?)せずに獄中から「対馬の海に沈みそうになる」を上梓してその収益の一部を賠償金に充てる未来もあったかもしれない。
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闇が深いのは、内部告発者がいて10年前に警告していたにも関わらず黙殺したこと。加えて西山にスキームを手ほどきしていたのはJA長崎共済連の身内の可能性が高いこと。
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つまるところ、これほどの不祥事でもJAの体質は変えられない。
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コミュニティ全体でキックバックし合うのもむべなるかな。まるでシャーリィ・ジャクスンの小説のような顛末だ。
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共同体というよりはシンジケート、住民を巻き込んだマフィアに近い。
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送別会を開かれた女性職員の話も聞いてみたかったな。
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最後に印象に残ったところを
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約19万人の役職員と1,000万人超の組合員を抱えるこの巨大組織で、不正が絶えない病根がどこにあるのかを小宮はよく知っていた。
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からくりの元凶はここにある。犯罪行為である詐欺を、あろうことか農協職員が持ちかけて多額の共済金を払うという便宜を図り、見返りに新たな契約。増額契約を締結していく。LAには給与規定で支払われる給料以外に共済新規契約高に応じた歩合給が支払われる為、第三者に対する利益の供与のみならずこのLA職員は詐欺に該当する。この不正がいまだに表に出てこない外部要因は被害者がいないからである。
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この手法は今もどこかで生きているんだろう。
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大変面白かったです。
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