「ゲーテはすべてを言った」を読み終えた。
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第172回芥川賞受賞作。この人の本は初めてだった。
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元々、ファウストは学問=言葉の人でした。しかし、言葉は彼に何も与えてくれなかった。そこで、これからは人間に可能なすべての行為を為してやろう、というのです。こういうのを文学の世界ではファウスト的衝動ということがあります。
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世界の多様性。それは世界の複雑性の直結している。この複雑性を豊富さととる人もいれば難解さととる人もいる。豊富さととる人の中には、それを広げようとする人もいれば、自分たちのためだけにとっておこうとする人もいる。難解さととる人の中には、理解しようとする人もいれば拒絶する人もいる。その対処からして多様であって、複雑である。複雑さは決して混沌を意味しない。しかし混沌と見誤っても仕方のないほどのスピードで現代の情報社会は流動し、あれもこれもいっぺんに押し寄せる。それはほとんど、一個人のキャパシティを越えてしまっている。多くの場合、人々はそれに対し、反社的に畏怖こそすれ、あるがまま愛することは難しい。世界は多様である、という真理と同じくらい世界は一つであるべきか、という問いの出自は古い。その二つはいわば抱き合わせで、特に一神教をその基盤とする西洋的知性において何度も繰り返し問われてきた。そして、この多様性と統一性の問題についてゲーテほど悩み抜き、書き残した人は他にいない。
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曰く、ジャム的世界とは、すべてが一緒くたに融け合った状態、サラダ的世界とは、事物が個別の具象性を保ったまま一つの有機体を成している状態を指す。
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「ゲーテはすべてを言った」って言葉があるんだが、聞いたことある人はいる?例えばね、君らが気に食わない奴に議論をふっかけられた時「僕はあなたの意見には反対だけれど、あなたがそれを主張する権利は命をかけて守る」と恰好付けたいとするね。あるいは結婚式のスピーチを頼まれて「結婚すれば後悔するかもしれない。結婚しなければ必ず後悔する」と言って、一笑い取りたいとする。ちなみに一個目はヴォルテールの有名な言葉ね。もう一つは僕が考えて、義姉の結婚式で披露し妻から「縁起でもない」と後で散々叱られた言葉。何となく、ソクラテスかキルケゴールかパスカルがそんなことを言っていたような気がしていたんだけど、そういえば全員漏れなく結婚に失敗してた。こんなふうに名言を引用する時、その引用元に自信がない場合、あるいはそれを考えたのが実は自分であることが分かっているような場合でも、ドイツ人はとりあえずゲーテになすりつけるんです。何故なら「ゲーテはすべてを言った」から。
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「しかし名言っていうのはさ、やはり人々の記憶に残ってなんぼだけど、作者が正確に記憶されることはまずないし、名言自体がしっかり継承されることも少ない。まぁ、流石に「人間は考える葦」の作者がパスカルってのは誰でも知ってるだろうけど、あれだってこの前アンケートとったあら、一部の学生が「考える足」--- 驚くなかれ、歩く方の足ね! --- と思っていたようですから、いずれそうなるかもしれません」
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「世の中はね、いつも同じものだね。いろんな状態がいつも繰り返されている。どの民族だって、他の民族と同じように、生き、愛し、感じている。あらゆることは既に言われていて、われわれはせいぜい、それを別の形式や表現で繰り返すだけだ」
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「今はね、きつい時期なんだ。結構退屈でさぁ。でも、もうすぐ福音書と思って頑張ってる。つまらないと思っているところはね、大体自分が理解できていないだけで、色々知ると面白くなってくるものなんだ」
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然のことをここまで憎々しく思っている惟神氏は、、何十年も血眼になって然の本を捲ってきたというのだろうか。それは最早一種の愛ではないのか?
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マスメディアの時代が到来すると、政治家が、スポーツ選手が、宗教指導者が、ポップ歌手が、名言を引用し始める。彼らは全く好き勝手に名言を使います。それが一瞬にして世界中に流布する。「何度もつかれる嘘はもはや真実である」といみじくもレーニンは言ったというけれど、引用回数が多ければ多いほどそれは真実となる。
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以上引用です
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巻末のプロフィールによると著者はなんと2001年生まれ。
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まだ若干20代半ばでこれだけの文章を紡げるとは!その読書量、知識量に驚くばかり、すごい!
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せめてファウストは読んでおくべきだった(笑)
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引き出し空っぽ、まるっきり手ぶらで読むことに。ファウストは手塚治虫さんの漫画にもなっているよね。
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アカデミックな部分は勉強不足で人物や背景が分からないところもあった。でも大学の生態系と同様に、天才学者ゆえの楽しみや苦悩はヒシヒシと伝わってきた。そこに現代の世相がべっとりと貼り付いている感じ。
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特に「名言はどういう経緯で名言になるのか」に対する洞察が興味深い。あらゆるものは時代とともに移り変わり、淘汰され、生まれかわる。
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きっと言葉も同じで、受け取る側の解釈次第で、自由に、より良い方向へ変わっていけるんだと思う。そこに誰かの「箔」は必要ないんだろう。
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自分も名(迷)言や金言は好きで、読書中いいなーと思う文章はメモしている。今年はPCの起動時に「習慣からはみだそう、お金を経験に変えよう」が自動表示される。これは名言とは違うな。
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ちなみに蛭子能収さんが賭博で捕まったときの名言「ギャンブルは二度とやらない。賭けてもいい」は好きだなー(笑)
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テレビ出演の件は、Eテレの「100分de名著」をもじったのかな。あと、然(しかり)は小説家向きだったのかもね。
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最後に印象に残ったところを
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昔から、善い言葉って何か知りたい、って思って。蒐集自体は始めてたの。できれば、善い言葉だけ使って生きていきたかったから。でも、その言葉は正しいか?あれは美しいか?なんて問うことはやっぱりできなかった。正しいの基準も、美しいの基準も多すぎて日常生活では判断が間に合わないし疲れるだけだから。好きな友達や作家や芸能人の話を聞いてても、あ、今この人差別的なことを言ったな、とか、間違った引用をしてるな、とか、ボート・マッチ的に考えてたら、もう誰とも話せなくなるもんね。それより、今自分の役に立つか?ということを考え始めた。実際、ゲーテも言ってるでしょ。「金言や名句は常に代用品に過ぎない」って。
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ゲーテ曰く 「ぜひ読んでみて下さい」
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あはは。
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