手の倫理

読書

「手の倫理」を読み終えた。
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著者の「目の見えない人は世界はどう見ているのか」は知っていた。実際にこの著者の本を読むのは初めてだ。
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「ふれる」が相互的であるのに対して「さわる」は一方的である。
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多様性は不干渉と表裏一体になっており、そこから分断まではほんの一歩なのです。
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人と人との違いという意味での多様性よりも、一人の人のなかにある無限の多様性のほうが重要ではないか。
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要するに、安心とは「相手のせいで自分がひどい目にあう」可能性を意識しないこと、信頼は「相手のせいで自分がひどい目にあう」可能性を自覚したうえでひどい目に合わないほうに賭けるということです。
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「夫になってくれた人が本当に自分に寄り添って生きてくれるかどうかは信じたらダメ、と自分がそれに一番ストッパーをかけていることが安心・安全だったんです ~ どんな言葉を言ってもらっても、それによりかからない自分は何なんだろうかとも思うんです」
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セックスのフレームの入り込まない「純粋な介助」など、どこにもありはしない。もちろん、介助を経験した者にとって介助のフレームに入り込まないセックスもまたありはしない。それは解釈のリソースとしての身体がマテリアル面で共通しているからです。
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人に身を預けるということをせずに、人を信じようとせず誰からも距離をとろうとしてそのことを自立と勘違いしてきたのかもしれない。
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以上引用です
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感想は・・・深い。
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道徳と倫理の違いから始まって触覚論、安心と信頼の違いへと続いていく。「打てば響く」というか「阿吽の呼吸」みたいな感覚も多少はあるのかもしれない。
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ふれる、ふれられるに関して思ったのは一人暮らしは寂しいなと。
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ふれるもふれられるも無いからね。利害関係無く自分の身を預けれる人がそばにいることはとても幸せなことだよ。第3章の西島さんの話がすごく響いた。とてもよくわかる。
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あとこの本を読みながら、以前読んだ本と似ている箇所があって何だったかなーと調べて見ると「学びとは何か――〈探究人〉になるために」だった。
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今はブログに本の感想を書いているが、それまではワードに本の感想を書いていた。調べたついでに少し引用すると
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豊富で精緻な知識を持っていれば、直観の精度は上がり「ひらめき」になる。知識が無いところで直観に頼れば「あてずっぽう」になってしまう。
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ディスレクシア(難読症患者)による難読に苦しむ人々の中には、「読み」以外の部分では普通の人にない特異な能力を持つことが多い。

特に、普通の人には出来ない空間の捉え方や複雑なパターンを見分ける能力に長けていると言われている。エジソン、レオナルド・ダ・ヴィンチ、アインシュタイン、アントニオ・ガウディもディスレクシアだったと考えられている。
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こんな感じで、ジャンルは違えど合わせて読むと面白いと思います。
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興味のある方はどうぞー

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