「偶然」はどのようにあなたをつくるのかを読み終えた。
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著者はユニバーシティ・カレッジ・ロンドンの国際政治学の准教授。
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1945年8月6日、「リトルボーイ」という暗号名の原子爆弾が爆撃機エノラ・ゲイから投下された。京都ではなく広島の上空で。14万人の人が亡くなり、その大半は民間人だった。3日後の8月9日、爆撃機ボックス・カーが「ファットマン」を長崎に落としその死亡者数におよそ8万人を加えた。だが、なぜ京都は助かったのか?そして、爆撃目標リストの上位にさえ入っていなかった長崎がなぜ破壊されたのか?驚くべきことに、観光客の夫妻と雲がおおむね40万人の生死を分けたのだ。
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大腸菌は急速に増殖するので、1日あたり6.64世代を経る。人間の1世代は平均で29.6年なので大腸菌の世界での1年は、人間の時間では178年に相当する。信じがたい話だが、レンスキーは人間では190万年に相当する7万世代に及ぶ大腸菌の進化を直接観察してきた。この実験では有性生殖や環境変化や捕食者という要因が排除されているので、進化をこの上なく純粋な形で観察することができる。そして偶発性か、収束性のどちらが支配的かを検証することができる。
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進化生物学者のマーク・ペイゲルは高度なDNAの塩基配列決定を行い、新しい種のなんと78%が、たった1つの出来事がきっかけで現れたという証拠を見つけた。自然がランダムなミスを犯したり偶発的な逸脱をすると、あら不思議、新種の甲虫が現れたりする。
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[クールノーの偶発性] 急激に起こる偶発性の出来事で人生や社会が劇的に変化すること。
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私たちの目を作り出す遺伝子の性質を考えると、人間は目に3種類ではなく4種類の、きちんと色を捉える錐体細胞を持つ4色型色覚者として生まれてくることは理論的に可能だ。ガブリエル・ジョーダン博士はキャリアの多くを通じて、そういう人を探しついに正真正銘の4色型色覚者を見つけた。その女性は医師で科学界では「cDa29」と呼ばれている。私たちはおよそ100万もの異なる色であふれた色彩豊かな世界を目にできる。だが「cDa29」にとって色の数は1億で、その壮麗さは本人以外には想像するしかない。私たちは、たんに万事は理由があって起こるのではなく、良い理由があって起こる、と思いたがる。
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[アポフェニア] 無関係の2つの対象の間に関係があると思い込むこと。あるいは因果関係があると思い込むこと。
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すべては密度のせいらしい。1㎡あたり17匹未満だとバッタは単独行動を取る。バッタたちの行動には協調も目的もない。その進路は予測できない。明確なパターンもなく変動する傾向が非常に強いからだ。どのバッタも他のバッタの影響をほどんど受けない。孤独なバッタの生活は、結びつきと相互依存ではなく孤立と自立を特徴としている。
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だが、バッタの数が増えてくると行動が変化しはじめる。1㎡あたり平均で24匹~61匹という中低度の密度では小集団にまとまる。半ば組織化された集団はそれぞれ一体となって動くが、集団同士が協調して動くことはない。そしてひどく気まぐれで瞬時に進路を変えうる。どのバッタもグループの動きは変えられるが、他のグループに影響を与えることはない。
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バッタは1㎡あたり73.7匹ちょうどになると一体化した群れとして行進しはじめる。この密集した大群は抜群に安定していて予測可能な形態だ。群れは一体となって動く。この動きは容赦なく強要され、群れに逆らって動くバッタは食べられてしまう。この共食いによる罰のおかげで群れは確実にまとまりを保つことが可能になる。大群は一つになって行進する。これほど容赦なく秩序が強いられているのにも関わらず、熱狂したバッタたちが次にどこへ行くかは予測できない。彼らは足並み揃えて行進するが、何の前触れもなく突然方向を変える。
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「大公が翌年サラエボでではなく、あのとき最期を遂げていたら、大戦は避けられたかもしれないのではないか、あるいは少なくとも先延ばしにできたかもしれないのではないか、としばしば思い返してきた」
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[生態学的誤謬] 一連のそれなりに類似した出来事全般で観られるパターンから特定の1回の結果を推測しようとすること。例えば、喫煙は肺癌を引き起こす傾向があるとしても、人は喫煙者だったら必ず肺癌になるというわけではない。個々のケースの成り行きは全体のパターンからは大まかにしか推測できない。
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私たちの下す決定のうち、意識的な内省の産物はごくわずかしかない。意思決定の多くは自動操縦で行われ、その一部は脳内の化学物質の影響だけでなく体内に生息している微生物の影響さえ受ける。そうした微生物は私たちの思考を変える力を持っているのだ。
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[ナラティブ(物語)バイアス] 私たちの脳は物語に素晴らしく適応するため、断片的な情報を繋ぎ合わせて物語にまとめ上げる。本当はその情報が繋がっていないときにさえ。情報は物語の形で提示されたときのほうが、はるかに簡単に記憶に残る。
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政治学者も経済学者も、個人には互換性があるように考えがちであり、特定の人々次第の説明を退ける。ゲーム理論や経済学の方程式や合理的選択モデルはたいてい、様々な人物を理解することには頼らず、誰もが直面するような動機のモデリングに基づき、個人差を完全に無視し「一般的」あるいは「標準的」な架空の人間を想定する。
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[有効非巡回グラフ] 安定した閉鎖系では有用になりうるが、ダイナミックでカオス的な系(経済学や生態学や政治学などで最も重視されるような系)では役に立たないこと
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私たちは誰よりも何のほうが大切だという考え方 --- そして、メッセンジャーよりメッセージのほうが大切だという、その延長線上ににある考え方 --- に固執している。だが、歴史の大半では、それが正しくない場合が多いことは明らかだ。
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人生の旅路は、切れ目なく、執拗で、無限に分岐している。あなたは今この瞬間、他のことをする代わりにこの文を読んでいる。それによって、あなたの道は分岐している。この本を脇に置けば、あなたの道は再び分岐する。だが、ひとつ驚くべきことがある。今あなたが選ぶことができそうに見える道のいくつかは、まもなく閉ざされるのだが、それはあなたの行動ではなく、あなたがけっして出会うことのない他の人々が彼ら自身の庭を歩き回っているせいだ。そしてあなたも、自分の道を進みながら、他の人々の道も際限なく変えているのだ。
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2010年に非常に正確な2つの時計が違う高さに置かれた。その差は、ほんの30cm余りだった。驚いたことに、高いほうの時計がわずかに速く進んだ。厳密に言えば、あなたの頭は足よりも年をとっているわけだ。その差はごく小さい。人の一生で考えてみると、2人の人間が同時に生まれたものの、一方がエベレストの山頂で暮らし、もう一方が海面の高さで暮らしたとしたら100年後には山の人間のほうが1000分の数秒だけ多く歳を取っていることになる。これは興味深いことではあっても、人生における実際的な意味では、変化を起こしそうにない。だが、日常生活にとって「時間の遅れ」による違いは些細で、目に見えず、無関係だとはいえ深遠な意味合いを持っている。客観的な時間などというものは存在しないのだ。
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不幸にも劣悪な研究は優秀な研究に劣らぬほどの影響力を持っている。2020年のある調査によると、再現ができなかった(イカサマである可能性が高い)研究は、再現研究によって正しいことが別個に証明された研究と同じ頻度で引用されていることが分かった。そして専門家にお互いの論文を読ませてどれが公表に値するかを判断するメカニズムである査読のシステムそのものが破綻している。研究者たちが研究論文に深刻な欠陥を意図的に組込んでおき、査読者がどれだけその欠陥に気づくかを調べた。彼らの成功率は4つに1つだった。
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[P値ハッキング]


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多くの人にとって人生の勝利とは、ゆったりとした静かな畏敬の念を抱く瞬間を排除し、超生産的なマルチタスキングに置き換えることになった。それは私たちの多くにはチェックリストに追い立てられる人生のように感じられる。だが、私たちにとってこの上なく素晴らしい瞬間というのはしばしば、効率性が最も低く、物事を達成したいという思いがいったん棚上げされている束の間の経験であり、その報いは、一瞬うっとりとした気持ちになれることだけだ。
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[ヘドニック・トレッドミル] 幸福な状態になってもそれにすぐに慣れ、次の快楽を求めるようになること(快楽順応)
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以上引用です
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原題は「Fluke」で、幸運やまぐれ当たりという意味。
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ぎゅるんっと脳みそを洗われる。
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「今日は何もなかった」と錯覚できるごくごく平凡な一日は、幾重もの偶然と、運、タイミングが絡み合って生まれた産物だ。
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瞬間瞬間の縦軸と横軸が不可逆的に織り合いながら唯一無二の一日ができあがる。
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平凡な日はあまりにもに平凡に感じられるだけで、ワールドトレードセンターにハイジャック機が突っ込んだ日も、未曾有の大津波が東日本を襲った日も本質的には同じだ。
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ただ悲しいかな、そう感じられる人は少ない。
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特に第一次世界大戦の勃発と、広島長崎への原爆投下のFlukeが大変興味深い。
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世界が「複雑系」と「閉じた系」に分けられるとしたら、その大半は数式では表せない「複雑系」で出来ている。
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閉じた系(1+1=2)のように完璧な因果関係はなく、ビッグデータのような相関関係もない。
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取るに足らない些末な出来事が世界を一変させてしまうのが複雑系で、人々は不確かで予測不可能な人生を受け入れるしかないと。
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収束性は「万事は理由があって起こる」のに対して、偶発性は「物事は単に起こる」後者の考え方が如何に意味を持っているか。
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例えば今と同じ世界が100個あるとして、同時に再生ボタンを押す。20個の世界でウクライナが無くなっているかもしれないし、80個の世界ではベネズエラが消滅しているかもしれない。
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統計的に優位なのと、本当の原因を導けるかは別物だ。
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科学やテクノロジーがいくら発展しても、所詮人がコントロールできることなどごく僅か。出来ているように見えるのは錯覚であり傲慢だ。
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つまるところ、人間の理解の限界だ。
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すべてをコントロールできるとばかりに生産性と効率性に舵を切る。すると余白を無くすほど系が崩れたときのダメージは壊滅的になる。
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「じゃ、どうすんの?」の答えはぜひ本書を読んでほしい。
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月並みな感想を言わせてもらうと、毎日、いや一瞬一瞬精一杯生きるしかないんじゃないかと。
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最期に印象に残ったところを
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人間の多様性を、私たちがどのように理解しようとするか考えてほしい。私たちはほとんどの場合、過度に単純化した二分法に頼る。きっと生まれ(遺伝子)と育ち(環境、養育、経験)の組み合わせに違いない、というわけだ。そして第3の可能性(ただの偶然、成り行き)を無視することが多い。
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わたしたちは何もコントロールしていないが、あらゆることに影響を与えている。
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「私たちはいずれ死ぬ。その意味で私たちは幸運だ。ほとんどの人は決して死ぬことはない。決して生まれることがないからだ。決して日の目を見ることのない、生まれなかった人の数はアラビアの砂漠の砂粒より多い」(進化生物学者 リチャード・ドーキンス)
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「現実に驚嘆し、心奪われて暮らすのがこの上なく幸せな生き方だ」マリア・ポポーワ
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例文、逸話、メタファーがこの上なく素晴らしい本。
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今年の自分さん大賞最有力候補です。
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読むしかないっす。
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