「遺伝と平等 人生の成り行きは変えられる」を読み終えた。
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著者はテキサス大学の心理学教授で、テキサス双子プロジェクトの共同主催者だそうだ。
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この界隈で出回っている本の中で一番面白そうだったので購入。
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エンドウという植物の特徴(草丈が高いか低いか、マメはつるりとしているかシワが寄っているか、マメの色は緑色か黄色か)はたったひとつのバリアントでによって決まる特徴だ。それに対して、われわれが大切に思う人間の特徴(性格、精神病、性的行動、寿命、知能テストの成績、学歴)はとてつもなく多くのバリアントの影響を受けている。個々のバリアントがこうした特徴に及ぼす影響は非常に小さく、広大なスイミングプールに落ちる一滴のしずくのようなものだ。頭の良さや、外向性、うつ病などの遺伝子が、たったひとつだけあるのではない。これらの特徴はポリジェニック(多因子遺伝をする特徴)なのだ。
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ポリジェニックスコアは、農業で言う「推定育種価(EBV)」の人間バージョンだ。トイストーリーが50万頭の子を持つことになる牝牛として選ばれたのは、この牛のEBVが高かったからである。牛乳生産に関するEBVの高さは、平均すればより多くの牛乳を産出する子をもうけるだろうということを示しておる、身体に関するポリジェニックスコアの高さは他の環境要因が同じならば、その人物の子の身長はより高くなるだろうということを示している。
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時間をさかのぼるにつれて、親族の数は急激に増大する。なぜなら一世代さかのぼるごとに先祖の人数は倍々に増えるからだ。両親は2人、祖父母は4人、曾祖父母は8人とこれがどこまでも続いていく。33世代、つまりざっと1000年さかのぼれば、親族の人数はざっと86億人になる(そもそも1000年前には80億人超もの人間はこの世に生きていなかったが、祖先として何度もカウントされている人たちがいる)
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人はみな、100万分の1の存在だ。より正確には、任意のふたりの親から生じたかもしれない70兆の遺伝的組み合わせのうち、他の誰とも違うたったひとつの存在だ。そして、われわれの両親のゲノムもまた、父母それぞれが持つふたりの親のDNAから生じたかもしれない70兆の遺伝的組み合わせのひとつである。この70兆分の1の偶然が、人類の歴史が始まったときまでに時間をさかのぼるって続いていく。われわれのゲノムはみな、別のものでもよかったという偶然の出来事が、世代から世代へと起こり続けた究極の結果なのだ。われわれのゲノムの中には、われわれが自分で掴み取ったと誇れる部分はただたひとつもない。われわれのDNAには、自身が支配力を及ぼすことのできる部分は一片たりともないのだ。
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1966年、ルーマニアの共産主義政権は、45歳未満であるか、または子どもの人数が5人未満である女性の中絶を禁止した。望んだわけでも養えるわけでもない子どもを産むよう強いられた多くの女性が、生まれた赤ん坊を手放し、その子どもたちは国営の孤児院に収容された。こうして50万人以上の子どもたちが、国営の施設で育てられることになった。「心の殺戮現場」で育てられた失われた世代である。権威主義政権が倒れてルーマニアが西側に開かれたとき、この国の孤児院を訪れた人たちは、そこで見た恐ろしい光景に衝撃を受けた。何百人の子どもたちが、不気味に沈黙したままそっけない金属製の幼児用寝台の中でじっとしていたのだ。世話をする者とのあいだに安定した愛着関係を持てないまま、日常的に暴力と辱しめを受け、自分以外の人間から感情面と知的な面での必要を満たしてもらえることは決してないであろうと絶望した子どもたちは、沈黙の中に引きこもったのだ(後のルーマニアの里子実験)
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[生態学的誤謬] グループ内の相関が、グループ間の差異の原因について何ごとかを教えてくれると間違って仮定すること。
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なんであれ何かを原因と呼ぶことは、その原因が存在しないオルタナティブな世界との比較が行われているということを意味する。「遺伝子がある結果をもたらす」と述べることは「その遺伝子は違いを生じさせる」と述べることなのだ。
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ヒトはどの遺伝子もふたつずつ持っているが、親から子へと受け継がれるのは、そのうち一方だけだ。父親と母親がふたつずつ持っている遺伝子のうち、どちらが子に受け継がれるかがランダムに決まる。日常的な成り行きの中で、遺伝的バリアントXを親から受け継いだ子どもと、同じ親から生まれてバリアントXを受け継がなかった子どもを分けるのは運だ。ただし、その運を支配しているのは実験者ではなく、自然それ自体である。
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遺伝子が教育の不平等に影響を及ぼすために何をやっているかにせよ、遺伝子はそれを人生の早い時期にやっているということ、そしてその影響は就学前には現れるということだ。
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遺伝的性質は人の教育の成り行きに影響を及ぼす誕生時の偶然であり、そのことはまじめに受け止めなければならない。他人に害をなす者が国家によって罰せられるように、学業で成功するものは社会によって報われる。教育のある者は、より裕福になり、より安定した職に就くことで報われるだけでなく、健康とウェルビーイングの面でも報われるのだ。
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環境の運に根ざす不平等を憂慮すべき不公平だと考えるのなら、遺伝的な運に根ざす不平等もまた、憂慮すべき不公平だと考えなければならない(哲学者 ジョン・ロールズ)
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*フェアであることは誰もが同じだけの物をもらうことではありません。フェアであることは成功するために必要なものをもらうことなのです。
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機会均等は陳腐な標語だ。それは計略であり、誤魔化しである。機会均等は進歩的な人々が不平等を祝福するひとつの方法なのだ。
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公平性とは、すべての生徒が同じ教育の成り行きになることではなく、生徒たちの成り行きの差異が各人のバックグラウンドや、生徒の力の及ばない経済的、社会的環境とは関係がないことである。
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タバコへの課税が喫煙抑制という点でもっとも有効に作用したのは、タバコ依存症になるリスクがもっとも低い人たちだったようなのだ。一方、タバコ依存症になる遺伝的リスクがもっとも高い人たちは徐々に取り残されて、喫煙による健康上の問題を抱え壊滅的な悪影響に苦しみ続けた。例えば、サマースクールのプログラムの恩恵を受けるのは、貧困家庭の子どもたちよりも中流家庭の子どもたちだ(マタイ効果)
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すべての人は遺伝的に同じだとするモデルや、親から受け継ぐのは環境だけだとするモデルは世界の仕組みを説明するモデルとして間違っている。世界のモデルが間違っているケースが多ければ多いほど、目的を達成する介入や政策をデザインすることには失敗するケースが増えるだろうし、より効果的なものに投資しなかったせいで生じる予期せぬ影響に、より頻繁に直面することになるだろう。
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[P値ハッキング] 心理学の分野において、最高水準の専門雑誌に発表された華々しい結果の多くが再現できなかった。その幻の研究結果を大量生産することになった方法論的実践のこと。
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普通われわれは、青い瞳になることを選んだとして人を裁いたりはしないし、瞳が茶色にならないように仕組んだとして責任を問うたりはしないし、青い瞳だから偉いとも考えない。なぜなら、瞳の色は選択の結果ではないと考えるからだ。私の瞳は緑色だが、それは私の手柄でもなければ落ち度でもない。しかし殺人となると、われわれは人を裁く。われわれはこのように人生のアウトカムを区別するが、その線引きをする際に遺伝情報を考慮に入れるのは妥当だろうか?その答えはイエスだ。ある人の人生のアウトカムを過去に向かってたどるとき、その人の人生のスタート地点に近づければ近づけるほど、その人に別の行動が取れたとは考えにくくなるからだ。
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難しいのは、今日の知能テストの役割を否定することなく、今に続く優生学の負の遺産を拒絶することだ。子どもの発話障害の程度を測定するのと同じく、知能テストはある人物の価値を教えるものではないが、価値があるとされる何かをその人が行えるかどうかなら教えてくれるのである。
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遺伝くじとしてのアウトカムとしては、耳が聞こえる子どもが生まれる可能性が高いことから、ろう者である親の中には、自分たちが望む結果 --- ろうの子ども --- を求めて打てる手は打とうという人たちがいる。生まれつきのろう者であるキャンディスとシャロンは、ろうの子どもを妊娠する目的で五代続くろうの家系の人を精子提供者として選んだ。
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このカップルはろうを障害とは考えていない。ふたりはろうを文化的アイデンティティとみなし他の手話者と完全にコミュニケーションを取ることのできる洗練された手話は自分たちの文化を定義するものであり、手話があれば自分たちはひとつに結びつくことができると考えているのだ。
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身長の高さや、自閉症になるかどうかや、ろうに生まれつくかどうかを理解するために遺伝学が重要だと認めて論争になることはまずない。これらのコミュニティは遺伝的にはすべての人が同じだから、平等とインクルージョンが必要だと言っているのではない。遺伝子は必ずしも修正されるべき問題ではないし、修正されるべき唯一の問題でもない。人は修正されるべき問題ではないのである。修正されるべきは、その人たちが参加しやすいように社会を作り替えることに対して後ろ向きな社会のほうなのだ。
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遺伝くじの威力をまじめに受け止めるなら、あなたが自慢に思う多くのこと --- 豊かな語彙、処理速度の速さ、規律正しさ、グリット、学校で成績がよかったことなど --- は、自分の手柄にはできない幸運な出来事の結果であることに気付かされるだろう。すなわち、生まれ持った遺伝的性質を自分の手柄にできる者はいないという事だ。
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西側資本主義社会の公教育システムにおいて広く価値づけられている一組のスキルと行動を、親や教師や社会制度が提供する環境下で発達させる可能性が高い遺伝的バリアントに組み合わせを、たまたま受け継いだ人たちがいる。その人たちは人間として立派なのではない。その人たちは生まれながらにメリットがあるのではない。その人たちは、今日の社会構成という観点から見て強者なのだ。そして、もしあなたがこの本を読んでいるなら、おそらくあなたはそんな強者の一人なのだろう。
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以上引用です
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読むしかない。めちゃくちゃ面白かった。
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「遺伝の影響」というのは、とかく感情的になりがちだと思う。
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ましてや知能に遺伝の影響があると認めれば、生物学的に優れた人は大きな資源と自由を得る権利があると飛躍した考えに至る人も出てくる。
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「遺伝的な差異にはさからえない。社会を変えようとしも無駄だ。生まれながらに価値のある人がいるのだ」と。
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個人的には、どこに生まれ落ちるか、どんな環境で育つかなどの運を認めつつも知能に遺伝の影響があるとは考えたくない。
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そんなことは許されないし、そうであって欲しい。自分も含めてこういう人は多いんじゃないだろうか。
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つまるところ、瞳の色や身長の高さに関しては遺伝的要素を認める一方で、非認知的スキルとなれば目を背けたくなる。
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著者はこういう考え方をゲノムブラインドとして否定している。
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遺伝的差異はある。そして社会的不平等を引き起こしている。
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学歴の成り行きに起こる不平等だけでなく、BMIのような身体的健康に関係する不平等や、ADHDやその他の心理学的な成り行きに起こる不平等、そして最初の子どもを産んだ年齢のような生殖能力に関係する成り行きに起こる不平等も含まれるそうだ。
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大事なのはそれらの事実を認めた上で、いわゆる「遺伝くじ」に目つむるのではなく不利な立場に立たされた人たちの状況が改善されるように社会を構築するべきだと。
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ゲノムブラインドでいること自体が無駄な財政支出を増やし、急進的な優生学に利用されることにもなる。
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これらが「生まれか育ちか」論争に一石を投じた新しい観点だろう。
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もうひとつ重要なのは、遺伝の影響が出るのはグループ内の個人差にだけでグループ間には出ないということだ。
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遺伝学は、比較的よく似た環境に生まれ育った人たちが異なる人生を送ることになるかを理解するためには役立つ方法だ。しかし、明らかに異なる出発点に立った人たちが(異なる人種グループなど)同じような人生を送らない理由を理解するためには役に立たない。
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よく使われるレイシズムのレトリックと切り離すことが大事だ。
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まずは「ガチャ」を認める、そして「ガチャ」を優生学と切り離す、最後に「ガチャ」を不平等ではなく平等に役立てようという感じだろうか。
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これからもし次世代量子コンピューターなんかで、膨大なバリアントが分析されて、あらゆる非認知スキルのポリジェニックスコアができたとしたら、着床前診断でさらに色んなことが分かるようになるんだろうか。
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あとね、よく人種と宗教に関する話は控えたほうがいいと言われるけれど、これからの時代はそこに「遺伝子」も加わるのかもしれない。そんなことを思った。
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文中には映画「パラサイト 半地下の家族」や「ガタカ」が格差やディストピアの例として引用されている。
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ちなみにガタカ(Gattaca)のタイトルはDNAの4つの塩基(ATGC)で巧妙に作られたそうだ。えー、知らなかった。どちらも面白い映画です。
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最後に一番印象に残ったところを
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遺伝的差異のために、特定のスキルを身につけたり、役割を果たしたりすることが容易にできる人たちがいると述べるのは優生学的なことではない。遺伝的な影響を受けた資源や能力を、歴史的・文化的にたまたま重要になった特定の組み合わせで持つことになった人たちが、教育システムと労働市場と金融市場において、金銭的にもその他の面でも有利になる様子を社会科学者が明らかにするのは優先的なことではない。優先的なのは、人間ひとりひとりの違いと、それらの違いを生み出す遺伝的バリアントを受け継いだことを、人には生まれながらの優劣があるという考えや、ヒエラルキー内のランクや自然な階層といった考えと結びつけることだ。優先学的なのは、道徳的には何の意味もない遺伝的バリアントの分布という基礎の上に、資源、自由、福祉の不平等を作り出し、その不平等を固定するための政策を立てたり、それを実施することなのである。
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すべての人は遺伝学的によく似ているということの上に、平等主義へのコミットメントを作り上げることは砂上に楼閣を建てることなのである。
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それでも人生は予測できないからこそ面白いんだろう。そしてその予測不可能性こそが自由のしるしだろう。
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大変読み応えがあって面白かったです。
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おまけ
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日常的にネガティブな感情を経験することは世帯の所得が高くなるにつれて減少する。そのメリットは年収7万ドル近辺で頭打ちになるのはよく知られていると思う。
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しかしながらポジティブな生活評価(私の人生は、私にとって可能な限り最善の人生である)は年収7万ドルを超えても増大し続けるそうだ。ほー
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最期に原註を読んでいて見つけた。おまけでした(笑)
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コメント
こんなところにガタカ出てきましたか!w
そして今年の映画にアンタッチャブルと
グッドウィルがランクインしましたか!
嬉しいです〜〜(^^)
アンタッチャブルのストーンが
自分さん激ハマりのゴッドファーザーで
ソニーの息子ヴィンセントになるなんて
どこでどう繋がるかわからんもんですねー
ちなみにちなみに
ガタカの主人公の名前もヴィンセント(うるさいw)
もう年の瀬とは驚くばかりですが、、、
無印のあったか肩掛け&ひざ掛けで(でた、一級読者w)
大根煮でもつつきながら
暖かくお過ごしくださいね〜(^^)/
今年も楽しいやり取りをありがとうございました。
そうなんです!
文中にガタカが引用されていて
「これはウンカスさんに伝えてなくては、きっとウンカスさんなら気付いてくれるはず」と付箋を貼っていたんですw
今年の映画賞もウンカスさんの推しが席巻しましたねw
え!え!
ソニーの息子ヴィンセントがアンタッチャブルのストーンだったんですか?
えーーー!w
今知りました、びっくりですよ(言ってましたっけ?もう忘れてましたw)
アンタッチャブルとゴッドファーザー両方でヒットマンを演じるなんて!
どちらも映画史に残る名作だと思います。
こちらこそ今年一年楽しいやりとりをありがとうございました。
ウンカスさんのコメントを読むと、自然と笑顔になりいつもパワーを貰っています。
来年もよろしくお願いします。
ちなみに今年最期に見た映画はレインマンです。くぅー
こちらこそ笑顔にさせてもらってますよ!
たった今も「今知りました、びっくりですよ」で
吹き出しましたよーw
ストーンがゴッドファーザーになるとネタバレしちゃって
申し訳ないというウンカスに
「大丈夫です、観る頃には忘れています」って
言ってくれた自分さん、、、、
有言実行ですねw
そして
トムクルーズの流れからレインマンですか?( ^ω^ )
これも名作ですよねー
ダスティンホフマンが素晴らしいですよねー
久しぶりにウンカスも観たくなりましたよー(^^)/
ちなみにダスティンホフマンと
ロバートレッドフォードが共演した社会派映画、
ウォーターゲート事件の「大統領の陰謀」も
面白かったですよ。
あれー、これも観たくなっちゃったwあはは
いやぁー、
映画って本当にいいものですよね(by長治)フフフ
はっはっはっ
はっはっはっ(笑ってごまかすw)
「そう言えば」とコメントを見返すと、そのやり取りがありました。
https://lifelog43.com/archives/20230811.html
思い出した!
頭の中でぼんやりと「忘れようとすることを覚えていたんだと思います」w
これにめげずにまた教えてやって下さいね、ごめんねw
そうなんです!
ダスティンホフマンが凄かったです!!!
実はですね、レインマンにトムクルーズが出演していたのを知らなかったんですよ(本に引用されていました)
結局トム繋がりになりました。若いトムもかっこいいよねー、はー
「大統領の陰謀」面白そうですね。早速マイリストに入れましたよ。
いやぁー、映画って(略w)
えーーーー!
トムからの流れでレインマンじゃなかったんですかー?
てっきりミッションインポッシブルからの
トム繋がりだと思ったんですけど
「実はですね、レインマンにトムクルーズが
出演していたのを知らなかったんですよ」で
またマーライオンですよw
「ソニーの息子ヴィンセントが
アンタッチャブルのストーンだったんですか?
に続き、、なんだか、、、もーー
ウンカスの矢はマトのまわりを
ぐるぐる回ってる気がしてますよwあははー
「忘れようとすることを覚えていた」って
なんか、、
かっこいいですねw
今年もあと4時間ちょっと‥
良いお年を〜〜〜〜〜( ^ω^ )/
ウンカスさんも、よいお年をー!