「歌われなかった海賊へ」を読み終えた。
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「同志少女よ、敵を撃て」の著者でもある逢坂冬馬さんの新作だ。装丁のテイストも似ているね。地元の本屋さんで購入。
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1944年、ドイツ。全ての国民には居場所があった。兵士も、労働者も、資本家も、全ての人には帰属すべき場所と思想があった。それは、祖国であり民族共同体であり国民社会であった。全ての少年は将来の兵士であり、全ての少女は将来の母であった。
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およそ世の常として、大人に公認され、推奨される若者像というのは、それ故に、若者たち自身の目には何の魅力もないものとして映り、反発を招き、推奨されない若者へと接近させるのであった。
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対人地雷は弱いことに意味があるんだ。踏んだ敵が爆死した場合それで終わりだよね。でも片足を失ったら、その敵が戦力にならなくなることまでは同じ。でも敵の軍隊は片足を失った兵隊をそのままにしておけないから、そいつを応急手当すること、後方に運搬すること、治療することにそれぞれ労力を割かれる。つまり対人地雷は敵に大怪我させることが目的なんだ。
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彼を救ったのがヒトラー・ユーゲントだった。十歳にしてドイツ国民団という年少者組織に強制加盟させられると、彼を出迎えたのは頂点から底辺まで完全に上下関係があり、皆が暴力を信奉し、そしてその暴力の使い道を教えてくれる国家お墨付きの集団だった。すなわち、殴る相手は大人が考えてくれるし、言われた通りに殴れば褒められるのだ。
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ドイツ女子青年団にいるときは、あるいはヒトラー・ユーゲントにいるときは、何をするにも結局すべて大人の理想があって、私たちはそれを体現しなければならない。大人の理想であることが子供に許される唯一の組織だ。
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ナチスは収容所に入れる人たちに色のついた下向き三角形を与えることで、彼らを記号のように扱っていた。犯罪者は黒、共産主義者は赤、宗教的異端は紫、そして同性愛者はピンク。もしもその者がユダヤ人であれば、上向きの黄色い三角形が重ねられ、ダビデの星の形になる。
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筋を違えたまま与えられる理解の眼差しほど、ぬるぬるして気持ち悪いものはない。私はあなたを分かっているよ、頭上から注がれる声は優しさに満ちているけれど、だからこそ反吐が出る。
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[RSHA] 国家公安本部 警察および親衛隊の公安部署を統合し、ドイツとその占領地で政治犯、「敵性民族」の摘発を指揮した。
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歩行が限界に達するまでに行進を休もうとすれば棍棒で殴打されますし、ひどいときには杭に縛り付けられて殴打されます。なぜか知りませんが、そんなときに監視兵はいつも笑っていました。彼らがサディスティックだからというより、笑っていないと残酷になれない、互いに笑うことによって自分たちがしていることは嘘なのだと考えているようでした。
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強制収容所へ運ぶ列車、あの人たちを死に至らしめるレール。そのレールによってこの田舎は豊かになっていく。ナチスに反抗し、戦争終結のために戦えとビラを配っていた自分たちが部分的であれそれを享受しながら生きることは、耐え難い種類の自己欺瞞なのだ。
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誰もがあの貨物列車を見ている。けれど彼らの共通認識として、彼らはあれを見ていないことになっている。貨物列車を見たとしてもそこから突きだした腕は見ていないことになっている。あのレールの先には、操車場があるのだと、皆が信じていることになっている。
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爆破するしかないのだ。俺たちは、俺たちが本物の人間であるために。
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驚きはなかった。密告制度が世の中に浸透して久しい。嫌いな隣人も密告一つで除去されるということは、ある種の人々にとっては幸いなことであった。つまり単なる不仲や人間関係に由来する敵対者をナチスに取り除いてもらえるということなのだ。
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強制収容所の存在こそが市の発展の契機となった。この明白な史実を前にしてなお、敗戦後4年にわたった連合軍統治下も、その後も市民たちは、当時の自分たちは目と鼻の先でおこなわれていた強制労働とそれによる死とはまったく無縁の存在なのだと、心底信じているようだった。
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エーデルヴァイス海賊団について言う限りでは、ナチ時代に身を守り戦後保身を貫いた態度を、この地域の住民たちは守ったように見える。彼らの活動に内心では気付き、少なからぬ人物が彼らを見殺しにしたと本心では気付きつつも、それを直視しないことによって自尊心を守るという発想である。その態度、そして彼らが守ろうとした郷土の誇りは、世代の交代により、住民が文字通り「知らない人」ばかりになることで完全なものとなる。
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以上引用です
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感想は・・・もっと長くてもよかった!
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600ページくらいでも(笑)
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ドイツに「青少年団」ブームが訪れたのは第一次世界大戦終結直後らしい。最初は単なる少年団に過ぎなかったものが、徐々に勢力を拡大。
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1936年にはヒトラー・ユーゲント法が制定され、10歳から14歳までの少年は「ドイツ少国民団」へ、15歳から18歳までの青少年は「ヒトラー・ユーゲント」に加入することが義務になると。
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ソ連で言うところのピオネール、コムソモールにあたるだろう。
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そんな「一つの民族、一つの国家、一人の指導者」というゴリアテに立ち向かったダビデたちの物語だ。
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まずね、インターネットもSNSもない時代に、同時多発的に似たような思想を持った少年たちが各地で立ち上がっていたという事実だ。
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掻き立てられたものは、怒りや悲しみ、セクシュアリティ、出自とめいめい様々な事情があり、現状では打破できない不条理ことばかりだ。あ、爆発にかける情熱も(笑)
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よく言えば純粋、悪くいえば向こう見ずかもしれない。でも、おそらくそんな若者たちだからこそ行動に移せたんじゃないかな。
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各々は小さなグループで、明確な指揮系統はない。互いにゆるく繋がるネットワークで、クライアントサーバーでなくピアツーピアのような感じだろうか。
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つまるところ、便利なツールがなくても、感情を持つ人間は繋がることができるのだ。
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ここに人の底力を感じた。
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もうひとつは終戦間際に敢えて戦うという気概だ。
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終戦直前の戦況を鑑みれば、ドイツ軍の劣勢は明らかで何もせずともいずれ連合軍に統治されるのは自明の理だった。
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とどのつまり、リスクを冒さないことがリスクになると思ったのだ。
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連合国、アメリカがドイツの強制収容所を解放したのは間違いないんだろう。しかしながら連合国側が正義だということは決してない。
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ただ勝者が都合のよいルールで裁き、敗者に都合の悪い歴史を押し付ける。そういう面があるのは忘れてはいけないと思う。
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勝利を確信している終戦間際に、早期終結という建前で落とす必要の無かったリトルボーイで人体実験をしていいはずがない。
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悲しいかな、戦争は起きてしまったら終わりなのだ。
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あと、ロープを吊るされた件から、ヴェルナーが目を覚ますまでの空白を読みたかったな。
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最期に印象に残ったところを
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自分が見た他人の断片をかき集めて、あれこれ理由をつけて、矛盾の無い人物象ができあがると錯覚して、思い上がって、分かろうとして、理解したつもりになる。そうすればあとは簡単だ。人を集めて、種類に分けて整理して、一つの区画、一つの牢屋に追い込んで、服に貼った標識を見て安心するんだ。
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歴史に「もしも」はないけれど、それでももしヒトラーがいなければユダヤ人は600万人も殺されずに、もしかしたらもしかすると今ガザでパレスチナ人と争っていないかもしれない。そんなことも考えてしまった。
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大変面白かったです。
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