「おいしさ」の錯覚を読み終わった。
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著者は2008年のイグノーベル栄養学賞の受賞者だ。大変興味があったので購入。原題は GASTROPHYISICS: THE NEW SCIENCE OF EATING
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舌に地図などない。味蕾のどれもが5つの基本味すべてを感じることができる。しかし、味蕾は舌の前部、後方の両側、そして後部にしか存在していない。要するに、舌の中央には味蕾がない。それなのに人々の多くは、甘さを舌先で、酸っぱさを舌の両サイドで苦さや渋さを舌の根本近くで感じると報告するのは実に興味深い。純粋なうま味は口いっぱいに広がる。ほかの基本味にはできない芸当だ。
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[クロスモーダル] ひとつの感覚が他の感覚における感じ方に影響すること(赤い照明をつけると、黒いグラスに注いだワインがより甘くフルーティに感じられるなど)
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「低脂肪」や「砂糖少なめ」などといった言葉を製品ラベルに記載するべきではないのである。なぜなら、そうした言葉を見た消費者が、その商品はほかと味が違うと感じる可能性が高くなるからだ。そうしたことを書かなければ消費者は味の違いに気付かないに違いない。ヘルス・バイ・ステルス(ひそかに健康)がモットーだ。
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人はそれぞれ違う味の世界に生きている。ほかの人が気付かない苦みを食べ物や飲み物に感じる人もいて、そういう人は「超味覚者(スーパーテイスター)」と呼ばれている。超味覚者の舌先には、普通の人の16倍もの数の乳頭があるとされている。においに対する感度と同じで、味に対する感度も主に遺伝によって決まっている。
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私たちは異なる2つの経路を通じてにおいを感じる。ひとつは、周りの空気に含まれるにおいを鼻先で感じる「オルソネーザル(たち香)」と呼ばれる経路。もうひとつは飲食物を飲み込むときに、口の奥から鼻に流れ込む揮発性の芳香分子を嗅ぎ取る経路で「レトロネーザル(あと香)」と呼ばれている。
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食べ物の「たち香」を嗅ぐことで、脳はその食べ物がどんな味がするか、好みに合っているかなどの予想を立てることができる。その一方で味や好き嫌いといった実際の食体験に影響するのは食べ物を飲み込むときに感じる「あと香」のほうだ。しかし、ほとんどの場合、自分の舌で感じていると考える味覚のうちどの程度の情報量が実際には「あと香」経路を伝わってもたらされているのかまったく分からない。なぜなら、食べ物の香りの大部分は、鼻ではなく口で、つまり舌そのもで知覚されているかのように感じられるからだ。この奇妙な現象が「オーラル・リファラル」と呼ばれている。
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食品会社はアイスクリームの甘さを引き立てるためにバニラのフレーバーを添加する。なぜなら、人の味蕾は低温下では活動が低下し甘さを感じなくなるが、においは感じつづけるからだ。
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食品のアロマを吸い込んだとき、そのアロマのもとになる食品に対する食欲だけでなく、主要栄養素の点でよく似た食品や飲料品に対する食欲も向上する。要するに、甘く高カロリーな特定の食品のにおいを嗅いだ者は、同じようなにおいのするほかの食品に対する食欲も増すのである。チェーン店はあえて性能の低い換気扇を使ったりもする。できるだけ大量のにおいを顧客の鼻に届けるためだ。
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[ヴェブレン効果] 商品やサービスの価格が高ければ高いほどよいという考え方。自分の富を見せつけ社会的地位を示す心理(ちなみに、支払う代金が多いほど食事がおいしく感じられるか?に対する答えは、必ずしもそうとは限らないが多くの場合イエスとなるらしい)
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製品やパッケージの色を変えただけなのに、消費者グループから味が変わったと苦情を受け、私たちに助けを求めにくる企業の数は、あなたが想像しているよりもはるかに多い。
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振りかけるチョコレートを星の形にすれば、丸みを帯びた形にしたときよりも、人々はカフェラテの味をより苦いものと予想する。四角い皿よりも丸い皿のほうが「甘い」のだ。
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即席スープの入った小袋を想像してみよう。パッケージの表には深皿に入ったスープがプリントされている。そこに、右側から皿に近づいていくスプーンを加えると、スプーンを左から近づけた場合よりも消費者の購買意欲は15%上昇する。私たちの大多数が右利きだからだ。
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[フードポルノ] 極めて官能的な表現の料理のこと(インターネット上にアップされている、おいしそうな食べ物のイメージや動画)
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[ヨーク(卵黄)ポルノ] 動きのあるタンパク質(たとえばあふれ出る卵黄)のイメージや動画
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研究を通じて、食べているときに耳にするガサガサというパッケージの音が大きければ大きいほど、人々はポテトチップス自体をよりサクサクしていると感じることが分かった。要するに、知覚という点から見た場合、私たちの脳は製品の中身とパッケージをあまりうまく区別できていないことになる。
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十分以上座り続けると居心地の悪さを感じるのが、マクドナルドの座席デザインのルールとなっている。
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環境が私たちの食生活に影響するという事実を、レストランの経営者も無視することはできないだろう。ハードロックカフェやプラネットハリウッドの店舗に窓がないのはまさにそのためだ。窓を無くすことで、顧客に対する環境刺激を(カジノのように)容易にコントロールできるからだ。
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ハードロックカフェは、テンポの速い音楽を大音量で流した場合、顧客は口数が減り、たくさん食べ、短時間で店を出ることに気付き、それ以来それを学問の域にまで高め実践している。その手法は企業史国際辞典に収録されている。バーの音楽の音量が22%大きくなれば、客の飲む速さが26%上昇する。
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食事をしながらテレビを見るのは、最悪な行為だ。テレビがついていると消しているときに比べて15%ほど余分に食べてしまうことも珍しくない。
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誰かと一緒に食事をすることで、脳内のエンドルフィン分泌が盛んになる。エンドルフィンは人と人の社会的な繋がりにおいて重要な役割を担っている。ともに食事の席に着けば、社会的なネットワークが生まれ、それが個人の肉体と精神の健康を高め、幸福感と満足感が増し、さらには人生の目的意識すら高くなる。食卓は社会ネットワークの基本だ。
(ロビン・ダンバー)
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家族とともに食事をする若年者では、のちに肥満になる確率が12%も低下することが分かっている。同時に彼らが健康な食べ物を口にする確率は25%も上昇する。
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一人で外食をする人は自信に満ちた成功者であり、成し遂げた仕事のご褒美として食事を楽しんでいるのだろう、と考える人もいる。
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塩分が外に向かうほど多くなっているひと塊のパンを想像してみよう。消費者がそのパンをかじるといい味がする。そると脳がパンの残りの部分も同じ味がするものと解釈して塩分を想像で「補って」くれるのである。一枚のチョコレートのような食品にも有効に違いない。ほとんどの人が外側から食べはじめて、反対側で食べ終えるからだ。実際にユニリーバはこの分野でたくさんの特許を持っている。
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ワシントンDCの「ピン・ポン・ディム・サム」では店のドアを通り抜けたときには、マーケティングマネージャーのマイカ・フェラーはその客が何を注文するかほぼ確実に分かっている。
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あなたが作った料理は、あなたにとってはいつもよりおいしく感じられ、その違いは手間をかければかけるほど大きくなる。しかし残念ながら、他の人たちはあなたほどその料理をおいしく感じないだろう。だから友人にいつもよりおいしく食事をしてもらうためには彼らに料理を手伝ってもらうのがいいと結論できる。
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イビザ島のサブリモーションは、現在世界で一番高価なレストランとして知られている。幸運にも席が予約できた者は一人当たり1500ユーロは覚悟しておかなければならない。
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ブルメンタールはメニューに物語を織り込む方法を知るために、映画「リトル・ダンサー」の脚本を書いたリー・ホールの協力を仰いだ。つまりメニューは物語になった。
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何かを飲むときはストローは使わないほうがいい。本来楽しみの大部分を占める嗅覚刺激を遮断してしまう。アロマこそが食の楽しみの主役なのだ。そして氷水だけは飲まないように。味蕾が麻痺してしまうからだ。北アメリカ人がほかの地域の人々よりも甘いものを好むのは彼らが食事時に氷で冷やした水を飲むことが多いからだ。
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以上引用です
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ガストロフィジクスとは、食べ物や飲み物を味わうときに生じる複数の感覚に作用する要素を研究する学問のことらしい。
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イグノーベル賞受賞者だけあって、ウイットに富んだお話で最後まで面白おかしかった。
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人の知覚の曖昧さにびっくりさせられる。
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舌や唇は人間の皮膚の中で最も敏感な場所と言われているよね。口に入れるものは生死に関わるからだ。
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にもかわからず、美味しい!という感覚は舌だけで感じるものではなく視覚、嗅覚、聴覚など五感に加え、状況や環境に大きく左右される。
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さらに言えば食を「体験」として捉えて、単なる消費からナラティブへと昇華させると「美味しさ」がぐっと上がる。
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人間ってバカだなー(笑)
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そういう風に考えると列に並ぶのもひとつの経験なのかもしれない。
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企業やレストラン経営者は科学を利用して、皿は丸く(甘みが増す)店内のBGMは上げて(食べるスピードが上がる)カトラリーは重く(美味しく感じる)魅力的だけれども居心地がよくない椅子を使えば(回転率が上がる)利益をあげることができるかもしれない。
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サンチップスというポテトチップスは、袋を軽く手で振って100デシベルの音が出るそうだ(カサカサという音が高いほど旨味が増す)
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今まではどちらかというと「脂肪」「塩」「砂糖」をうまーく隠しながら大量摂取させることで消費者を手なづけてきたと思うけれど、フェーズは次の段階へ移っているように感じた。
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一方で、ガストロフィジクスをうまく活用して健康を促進することもできるよね。
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先日、脳をダマして塩味を増し、塩分摂取を減らすことができるスプーンの開発に密着するドキュメンタリー番組を見ていた。
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ダイエットや食事制限している患者さんにも食の楽しさを感じてもらえるだろう。
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もうひとつ印象的だったのはフードポルノの件だ。自分も美味しそうな画像や食事動画はついつい惹かれて見てしまう。
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フードポルノの弊害は、無駄に食欲が増し不健康な食生活を促進する。見れば見るほどBMI値が高くなる(肥満になる)そして精神を疲弊させる。
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ここは気をつけたいと思う。何事もほどほどにだ。
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余談だけれど、最近外食するようになった理由は、若い頃に比べて食が細くなって好みも変わってきたからだ。どうせ食べられなくなるのだから食べれるうちに食べておこうと(笑)
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思うに、日本食というのはうまくできていると思う。うどんやソバはズルズルと啜るし(聴覚)定食はたくさんの小鉢で提供されて(視覚)わさびは鼻にツンときて(嗅覚)寿司は手で食べる(触覚)
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特別なギミックを用いなくても五感をフルに使って料理を堪能できる。この辺が長寿にも繋がっているんじゃなかろうか。
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最後に印象に残ったところを
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食感は多ければ多いほどいい。強いアロマ、さまざまな舌触り、これらすべてが脳を満足させる。人々はリンゴを食べているときよりもリンゴのピューレを、リンゴのピューレを食べているときよりもリンゴジュースを飲んだときのほうが多くのカロリーを摂取する。どれも食材は同じ。違うのは舌触りで、脳はその刺激をもとにどれだけ摂取したか(そしてどれくらい噛む必要があるか)判断するのである。
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たとえどんなものを食べ、飲み、売り、消費してもそこではつねに複数の感覚が働き、雰囲気や環境を感じ取っているということだ。そして環境こそが、わたしたちが何を考え、味をどう感じるか、そして何より食事体験をどれくらい楽しめるかを左右する。結局のところ、中立な環境や背景など存在しない。環境だけでなく、皿の形や料理の名前、あるいはカトラリーなどの全てが食体験に影響することがガストロフィジクスが証明しつつある。この事実を受け入れるときがきたのである。
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つまるところ、レストランに対する個人の評価というのは、あくまでもその瞬間、その人固有の感覚だ。あまり気にしすぎるのは不健康だろうね。
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大変面白かったです。
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次は何を食べようかな~(笑)
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