「恐怖の正体 トラウマ・恐怖症からホラーまで」を読み終えた。
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著者は精神科医で、甲殻類恐怖症らしい。カニやエビが苦手なんて・・面白そうだったので購入。
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恐怖症は、恐れる理由がないと分かっていながら特定の対象や予測できる状況を不釣合いに強く恐れ、これを避けようとすること。日常生活を侵害しない程度のものは小恐怖と呼ぶ。恐怖症の対象にはあらゆるものが含まれ学術用語になっているだけでも200を超える。
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11~12メートルの高さが、最も人に恐怖を与える。地上がはっきりと見える範囲で最大の高さだからだと言われる。
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[過覚醒] ショックや恐怖を感じた最初の瞬間、大量のアドレナリンが放出される。脳は極度の活性化状態に投げ込まれ、思考と反応がお互いに光速で次々と繰り返されるので時間が長くなったような気になる。次に、ストレス、痛み、酸素欠乏など、死の危険という特定の状況がもたらされこれがエンドルフィンの生成に繋がる。このエンドルフィンが痛みを和らげ、感覚を抑制し、本能的な恐怖に対する反応の後に落ち着いた感覚がやってくることを確信させる。しかしその同じ抑制効果が、記憶と時間感覚に関係する脳の部位の働きを止めてしまう。海馬のニューロンや扁桃や側頭葉の他の部位が自発的に働いて、意識の中に最高速で供給され不注意に集められた一連の映像を映し出す。不安を与えるような場面は出てこず、むしろくつろいだ知覚麻痺や朦朧とした陶酔状態にあるので、見物人はすべてを温かな、落ち着いた光の中にみる。
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スリルとは、第一は恐怖を意識していること。少なくとも外的・現実的危険を意識していることである。第二には、この外的な危険とそれが起こす恐怖とに対して意図的に進んで我が身をさらすということである。その一方で、第三に、その恐怖は耐えうるもの、こなすことのできるものであり、危険は一時的なものであり過ぎ去り無傷のまま安全なところへやがて戻れるという見通しを持ち、この見通しにすっかり安心して信頼し切っていることがある。何でもよいがある外的な危険に身をさらし、これを恐怖しつつ楽しみ、そして見通しに信頼し切ってるという、このカクテルこそすべてのスリルの基本を成す要素である。
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昭和8年、伊豆大島の活火山・三原山の火口への投身自殺が異常なブームとなった。同年一年間で未遂を含み火口へ身を投げようとした者が九百数十名に達したというのは尋常ではない。
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顔にまでタトゥーを入れた人や、大胆な美容整形を行った人をみると、彼らは内心「しまった、軽率なことをしてしまった」悔やむことはないのだろうかと思い、たちまち胸がざわついてくる。もちろん彼らは「後悔なんてするわけないだろ!」いい張るだろうが、夜中に目が覚めたとき忸怩たる気分に陥ることはないのか。そうした疑問は、最終的には自殺を遂げた人に対して生じる気持ちと同質である。
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[グロテスクの三要素] 1.目を背けたくなる(しかし、しばしば目が釘付けになる)2.そのようなものと一緒に自分はこの世界を生きていかねばならないのかと慨嘆したくなったり、震撼させられたりする。3.その異質さは、ときに滑稽さという文脈でしか受け入れられない。
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古井戸に猫が落ちた時、おれは誰よりも早く救済の手を差し伸べた。綱を結んだ桶が下ろされ、綱の端をおれは握った。しかし、猫は桶に乗らかったのみならず、溺れる寸前まで必死に桶を蹴っていた。つまり彼は迫りくる死の恐怖よりもなお大きい桶の形に恐怖に抗っていたに違いない。(粒来哲蔵 日の影)
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不老不死に関する暗黙の了解として、当人以外は誰も老いと死を避けられない。物質もまた年月を重ねれば劣化し朽ちていく。当人「だけ」が時間を超越して存在し続けるという前提が成立している筈だ。言い換えれば、当人の前で家族も友人も恋人も次々に老いて亡くなっていく。付き合う人間は交代していけども、彼らはいずれも老いに飲み込まれ冷たい土に戻っていく。ひたすらそれが繰り返される。そんな状況にあって、自分だけが老いや死と無縁でいられることを幸福と思えるだろうか。不老不死であるというよりは、単に現世に取り残されているだけのように感じられてくるのではあるまいか。
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以上引用です
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「怖そうだけれど見てみたい」という気持ちは、誰もが心のどこかにあるんじゃないだろうか。自分もそうで「なんだかやばそう」みたいな映画に自然と惹かれてしまう。
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手のひらで顔を覆いつつも、その隙間からじっとり見てるような(笑)
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そんな人が怖いと感じるメカニズムを、実際の文学や映画を引用しながら面白おかしく詳らかにしている。
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医者にも関わらず(失礼)科学的というよりは、どちらかというとフィクションをメインに説明されている印象を受けた。そこが斬新で、興味深い作品がたくさん紹介されていて読みいった。
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ホラー、グロテスク、サイコパス、人形、虫、死などなど、身の毛がよだつものはたくさんあるけれど、恐怖の定義は難しいようだ。
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恐怖とは、危機感、不条理感、精神的視野狭窄 --- これらが組み合わされることによって立ち上がる圧倒的な感情が恐怖という体験を形づくる。
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と著者は定義している。「安全からの外れ。あるいは安全でなくなることへの反応である」という心理学者もいれば、「死にまつわる記号に触れたときに起こるきわめて人間的な感情でもある」とする文筆家もいる。
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どれも共感できて、すごくよくかる。
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自分が怖いのは何だろう?ゾンビに幽霊、グロテスク、高所も苦手、先端も少しイヤ、あと・・・人間も怖いよねー(笑)
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ちなみに好きなホラー漫画家は伊藤潤二さんだ。ストーリーも画力も並外れている。「富江」も短編もとても面白い。話がずれた。
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一番印象に残ったのは、アメリカの作家シャーリィ・ジャクスンの「ルイザよ、帰ってきておくれ」の件だった。
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行方不明の娘を探している両親が、しまいには活動そのものが目的になって、本物の娘の見分けがつかなくなってしまう。
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つまるところ、厄介な現実を認めるよりは、不幸に安住したほうが幸せでいられるという不合理な感情だ。
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誰にでも起こりうるんだろう、とんでもない業の深さを感じたわ。
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あとね、機関車トーマスのスマジャーが、江戸川乱歩の短編よろしく「芋虫」にされる話もすごいなと。子供向けとは思えない、さりげない、やさしさ満点の四肢切断だ。
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人間にあって動物にないもののひとつに類まれな想像力があると思う。新しい事を考えたり、危険を予知したり、将来を夢想したり、長い進化の過程で獲得してきた大切な財産だ。
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しかしながら、その想像が何かのはずみで暴走すると、妄想になって日常生活に支障をきたしてしまう。
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そんな行き過ぎた想像力の代償のひとつが恐怖とも言えるのかな。それだけ感性が豊かで共感力が高い人とも言えるかもしれないね。
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最期に一番印象に残ったところを
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通常の人間の心は、恐ろしいと思いつつもいつしかそれは日常の忙しさや他者との交わりなどの向こうに霞んでしまう。優先順位の下位に追いやられてしまう。そんなふうに、ある意味ではきわめていい加減に心は作られており、そのいい加減さが救いになっている。そして猫を飼い始めたり、生活リズムを整えたり、思ってもみなかった人から親切を受けたりしただけで、最重要案件であった筈の死の恐怖がいつの間にかどうでもよくなっていたりするところに、人間の面白さと「したたかさ」が見えてくる。
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この本を手に取っている時点で、自分も十分グロテスクな人間だろう。
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面白かった!
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